三、処女の性臭
結局、その日のことは母親にも話さなかった。血のついたパンツはビニールの
袋に入れて生ゴミと一緒に捨てた。ナプキンは母親の引き出しから勝手に探して
使っていたから、黙っていても気づかれていたと思う。それでも母の友代は
何も言わなかった。
生理は毎月決まったようにあった。その度に、香代はあの日のことを思い出す。
毛が生えたら俺のところに来い…、
竜太の声がいつまでも耳の奥に残っていた。本気で言ったとは思えないが、
あの日身体を洗っていて思いがけなく陰毛を発見したとき、香代は不思議な
戦慄に似た性欲を感じた。初めて意識した異性への恐怖が、いつの間にか
愛情に変換する。初恋とは、もともとそんなものなのであろう。
だからと言って、その後何があったというわけでもなかった。
いつの間にか春が行き、夏が過ぎ、やがて香代は十六才になった。
竜太とは高校が別になったが、偶然道で出会ったりするとドキドキと胸が鳴った。
スレ違ったあと、香代は振り返って眩しい視線をそれとなく竜太の背中に送った。
あの頃にくらべて、驚くほど逞しくなっている。自分の身体の成長と比べて、
男の肉体がどう変化するのか、香代にも大体の想像はついた。
クラス委員だった大場早苗から竜太が入院していることを聞いたのは、
ちょうどその頃のことであった。
「竜太がね、脚の骨を折って入院したんだって…」
「えッ?」
町の高校生どうしの乱闘に巻き込まれて怪我をしたのだという。そう言えば
最近テレビのローカルニュースでそんな事件をやっていた。
「たいしたことはないらしいんだけど」
香代の気持には気づかず、早苗は眉をひそめながら言った。
「バカよね。あの子、もともと不良だったから…」
「う、うん」
話はそれだけで終わったのだが、香代はその夜一晩中眠れなかった。
お見舞いに行ってみたい…、
あれきり言葉を交わしたこともない相手である。竜太は自分のことなどとっくに
忘れてしまっているのではないか…。
ようやく決心がついたのは、それから三日後のことだ。
早苗から聞いた病院は、学校のすぐ近くにあった。放課後、小遣いをはたいて
小さな水仙の花束を買うと、香代は思い切ってその病院に行った。
おそるおそる病室を覗くと、竜太は一番奥の窓際で、ギブスを嵌めた脚をベッドに
吊っていかにも退屈そうな顔をしていた。
六人部屋で、ベッドは簡単なカーテンで仕切られている。
外科病棟なので交通事故やスキー骨折の患者が大部分で、
それほど病人じみた暗い雰囲気はなかった。
勇気を出して近づいてゆくと、竜太は一瞬怪訝そうにセーラー服の
少女を見つめた。
「こんにちは…」
香代は小さな声で言った。
「竜ちゃん、怪我をしたんだって…?」
「え、ああ…」
ちょっと戸惑ったようにうなずく。
「心配だったから来てみたの、悪かったかしら…」
「へっ、そんなことねえよ」
竜太は急にテレたような笑いを浮かべた。
「大丈夫なの? 脚、痛くない?」
「平気だよ、こんなのすぐによくならぁ」
半分は虚勢だろうが、竜太はフンと鼻の先で笑った。
額から頬のあちこちにニキビが出来て、たくましく日焼けしている。
小学生のころには見られなかった精悍な顔だちである。
早苗は嫌っていたが、竜太の少し不良じみたところが香代には魅力だった。
「ねえ、私のこと覚えてる?」
香代は、持ってきた水仙の花束を枕元の花瓶に挿しながら言った。
「ずっと会っていなかったから、忘れちゃったでしよう」
「覚えてるさ。おめえこそよく忘れなかったな」
「忘れるわけないじゃない」
周囲を気にしながら、香代はベッドに寄り添って竜太の顔を覗いた。
「だって私、竜ちゃんにイジメられるの好きなんだもん」
言ってから顔が真っ赤になった。自分でも驚くほど大胆な愛の告白である。
「フン…」
竜太が、さぐるような視線を向けた。まだ本当の女を知らない思春期の欲望が
ありありと見えた。
「まあいいや、ゆっくりしていけよ」
それから、とりとめのない話題が十分ほど続いた。
自然に身体の芯が熱くなってくるような気がする。今まで気おくれして話も
できなかったことが嘘のように楽しかった。
「おい、香代…」
「えッ?」
「もうちょっと、そばへ来い」
ベッドから腕をのばして、竜太が無遠慮に左手を握った。
「ナ、何よ」
意外に強い力で引っ張られて、よろけるようにベッドの側に寄る。
「おめえ、わかってんだろ…」
竜太が素早くあたりを見まわしながら、低い声で言った。
「動くんじゃねえぞ。触ってやるからよ」
とたんにジィンと痺れるような感覚が背筋を伝わって、クリトリスが脈を打った。
香代が初めて感じたクリトリスのボッキである。
「ウ……」
ベッドに横になった姿勢で、スカートの裾に腕がもぐり込んできた。恥かしさを
訴える余裕などなかった。よろめきそうになって、無意識に足を広げる。
息を詰め、眼を宙に泳がせて、香代はそのままの姿勢で立ちすくんでいた。
「おめえ、生えてきたじゃねえか」
パンティの横から指をさし込んで、竜太は不器用に柔らかい肉の重なりを
分けながら言った。
「いつ頃からこうなったんだ?」
「わ、わかんない」
香代は、かすれた声で言った。
薄くて細い陰毛が、まだ固い性器を覆っている。だが、内部はそれほど濡れている
わけではなかった。
「アゥ…」
いきなり下から突き上げるように指をねじ込まれて、香代は咽喉の奥で叫んだ。
イ、イ、痛い…!
近くのベッドで、男たちがテレビを見たりマンガの本を読んだりしている。
声を出すわけにはいかないのである。
思わず爪先立ちになって、膝がガクガクと震えた。
穴のまわりが灼けつくように痛い。香代は必死の思いで、初めて体験する
異様な感覚に耐えた。
「香代、本当に俺のこと好きか?」
「ス、好き…」
「そんなら、俺の女になれ」
身体の中で、竜太の指が気味悪く動くのがわかった。その度に、セーラー服の
スカートがわずかに揺れた。
「い、いいわよ…」
それが、プールの土手での約束であった。
肉を裂かれるような疼痛をこらえて、香代は竜太が動きやすいように立ったまま
少し脚をひろげた。だが病院のベッドの上では、それ以上どうすることもできない。
しばらくして、竜太は未練そうに指を抜いた。相手に快感を与えてやろうとする
テクニックも、まだ身についていないのである。
「おめえ、いい匂いがするな」
人さし指がフヤけて白くなっている。
仰向きになって指の匂いを嗅ぎながら竜太が言った。
「スルメを焼くとこんな匂いがするんだぜ。俺、大好きだからよ」
香代はうつむいて、恥ずかしそうにフフッと笑ってみせた。
スルメが好きなのか処女の匂いが好きなのか不安だったが、竜太が最初に
自分の性器に手をつけた男になったことが嬉しかった。
それが、男たちにとってどれほどの価値を持っているのか、香代はまだ気がついて
いないのである。
竜太の怪我は思ったより重くて、退院するまでに一ケ月以上かかった。
香代は二三回病院に見舞いに行ったが、その度に指を入れられて、キリで揉まれる
ような痛みがあった。
退院してからは両親の眼が厳しくて、かえって逢うことができない。竜太とは、
結局セックスするチャンスはなかったのだが、香代はあのとき病院で
処女を失ったのだと信じていた。
あの痛さを思い出すと、もう一度やって欲しくて身体が熱くなった。犯されたいという
幻想に取り憑かれるようになったのはその頃である。
止めようのない異常な性欲が、やがて堰を切ったように溢れ出そうとしていた。
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四、凌辱ビデオ
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運良くというか、東京の有名な女子大学に合格して、香代は初めて両親の束縛から
逃れることができた。
竜太と別れることは悲しかったが、肉体的にも精神的にも、香代は成長していた。
郊外の駅の近くにワンルームのマンションを借りて、新しい学生生活がはじまる。
学校は、それほど面白いところではなかった。ホームシックにもかからず気持が
充実していたのは、あの異様なビデオの世界を知ったからである。
独りだけの部屋で、初めてSMのアダルトビデオを見たとき、香代はこれまでとは
違った麻薬のような陶酔を感じた。
四角いブラウン管の中で弄ばれる女たちの姿態は、香代が少女時代に
描いていた幻想そのものであった。経験といえば、竜太にイジメられたことが
唯一の経験である。
竜太を好きになったのもそのためだったのだろう。
香代は、自分の肉体に濃いマゾの血が流れていることを感じないでは
いられなかった。
犯されている女を見ていると、何故か鳥肌が立つほど欲情する。あの感覚を
味わってみたくて、香代は秘かに自分の身体に縄をかけた。
柔らかな肉のはざまにロープを噛ませて我慢の限界まで引き絞ると、神経を
掻き毟られるような快感があった。クリトリスが痺れて激しくボッキする。
それが香代のオナニーであった。
その日も、香代は駅前のビデオショップから借りてきたテープを横目で見ながら、
全身にロープを巻きつけていた。胸を締め過ぎて、くびれた乳房が息ができない
ほど苦しい。それを我慢して、股の間にロープをまわそうとしたときであった。
ピンポーン…
ギョッとして、香代は動きを止めた。
もう深夜である。こんな時間に学校の友達が訪ねてくる筈もなかった。
ピンポーン…
ボリュームは絞ってあったが、部屋には明りがついていて、不在でないことは
すぐにわかる。
誰…!?
香代は呼吸をつめて見えないドアの向こう側を見つめた。
ピンポーン…
少しづつ間をおいて、チャイムは都合三回鳴った。
テレビの中で、逆さ吊りになった女が悲鳴を上げていた。
声を出したくても、素っ裸で身体中に縄が巻きついている。訪問者が誰であろうと
徹底的に居留守を使うより他になかった。
突然ガタッ音がして、香代は一瞬ドアが開いたのではないかという恐怖にすくんだ。
だが鍵はしっかりと掛かっている。
コトン…、ドアの新聞受けから小さな箱のようなものが部屋の中に落ちた。
そしてそれきり外は静かになった。
息をひそめて、香代はしばらく動くことができなかった。
「ギャッ、ギャァァ…」
振り向くと、逆さ吊りになった女が鞭でひっぱたかれていた。香代はあわてて
スイッチを切った。ドアにいざり寄って投げ込まれたものを拾ってみると、
ごく普通のビデオのパッケージである。貸しビデオ屋に並んでいるような
ケバケバしい印刷もない、ただの白い箱であった。
いったい誰なんだろう…、
香代は何の変哲もないビデオの箱を見つめた。心当たりは全くなかった。
とにかく問題は中身である。内容がわかれば、相手が誰なのかだいたいの
見当もつく。
何を考える余裕もなく、香代はテープを入れ替えてスイッチを押した。
いきなりどこかのラブホテルらしい部屋が写った。タイトルも何もない、明らかに
素人の撮影とわかる画面である。
女がひとりベッドにうずくまって、不安そうにこちらを向いていた。
「ねえ帰して…」
女が急に怯えたように後ずさりする。画面の左側から男が現れて女の
襟首を掴んだ。
「やめてよゥ、お願い…ッ」
雑音の中からとぎれとぎれに女が抵抗する声が聞こえる。
「やだッ、タッ助けて…ェ」
ビリッと布が裂ける音がしてブラジャーの胸を抑えた女が画面から消えた。
男がすぐに引き戻して猛烈な平手打ち…。
「ヒィィィ…ッ」
女がもんどりうってベッドに横転する。倒れたところを強引にスカートを捲って、
それでも何とか逃れようとするのを男がもう一度バシッと頬を張った。
殴られたショックで、女はほとんど抵抗力を失ってしまったようだ。
ベッドに転がされて、人形のドレスを剥ぐようにクリーム色の肌があらわになった。
カメラが動かないところを見ると、女をホテルに連れ込んだあと、機械を据えたまま
写したのであろう。借りてきたビデオのようなボカシやモザイクは入っていない。
丸裸にされると、女は香代よりずっと濃い陰毛を持っていた。膝を立て、乳房を
両手で覆って身体を震わせている。
男が肩をこづいてベッドに仰向けにする。逆らうと容赦なく素足で蹴った。
手加減している様子はなかった。
男が乗りかかって、身体を海老のように曲げる。パンティが足首にぶら下がって
揺れていた。
凍りついたように、香代は画面から眼を離すことができなかった。
まぎれもなく、これは真ん物の強姦ビデオである。
腰骨を引き寄せて赤黒い肉塊がふかぶかと捩じ込まれたとき、女はせっぱ詰まった
呻き声を上げた。
「ウゥゥ…ムッ」
女というより、犯されるメスの動物的な反応である。
香代は、自分の性器に何か得体の知れないものが突き刺さったような気がした。
挿入の部分は、初めて見る異様な光景だった。それほど鮮明ではないが、かえって
凄まじい迫真力があった。
いったい誰が、どうしてこんなものを…、
胸にロープを巻きつけたまま、香代は呆然と立ちすくんでいた。いつの間にか、
顔から血の気が引いている。
それは怖ろしい予感だった。
相手は間違いなく香代が変態ビデオを見ていることを知っている…。
写っているのが本人かどうかは別として、それでなければ、こんなビデオを
放り込んでゆく筈がなかった。
何故そのことが判ったのか、どうしてこの部屋を知っているのか…。
それが誰なのかは想像もつかなかった。
もしかしたら、自縛の秘密も覗かれているのかも知れないと思うと、背筋がゾッと
寒くなった。
それでも、ビデオから眼を離すことができない。
見えない監視者におびえながら、画面から伝わってくる妖やしい魔力に釘付けに
なってしまうのである。
女の顔がクローズアップになって、実物の3倍くらいの大きさに写った肉塊を
くわえていた。わざとカメラの前でやらせているのであろう。
男の手が髪の毛を掴んで激しく前後に揺すった。借りてきたビデオで
フェラチオのシーンは何回も見たが、こんなのは初めてである。
グブッ…と女の咽喉が鳴った。
とたんに唇の端から泡と一緒に白い液体を吐き出す。香代は無意識に
身をよじった。
男が射精したことがわかると、香代は大急ぎで乳房のロープを解いた。
足もとに、借りてきたほうのビデオテープが転がっている。
まさか…!
だがそれしか考えられなかった。
あの無愛想なビデオショップの女店員である。
店のコンピューターには、学生証で確認した住所が記録されている。香代の秘密を
知っているのは、いつも深夜のカウンターにいたあの女しかいない筈であった。
正体はまだ不明だったが、それしかないと思うと少しは心が軽くなった。
プロのビデオ屋の店員なら、この種のテープを手にいれることもできるのだろう。
香代がSMビデオのマニヤだと知って、好意で貸してくれたのかもしれない。
ところが、次の日テープを返しに行くと、カウンターには男の店員が座っていた。
エッ…、
香代は、急にまた不安になった。
顔を見られないようにテープを返すと、そうそうにその店を出た。
それから三日間、香代はこのビデオを20回以上見た。テープの持ち主からは
それきり何の連絡もなかった。
そして三日目の夕方、学校から戻って駅の改札口を出たときであった。
「おい君、お茶でもつき合わないか」
40才を少し過ぎた感じの、眉の濃い男である。無視して行こうとすると、
男は並んで歩きながら友達に話かけるように言った。
「ビデオは見たんだろう。面白かったか?」
突然見えない石に躓いたような気がして、香代は足を止めた。
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