5、猥褻の証明
「ほう、ロープも持っているのかね」
まるで刑事のように部屋の中を勝手に物色して、男はたちまちベッドの下から
ロープの束を見つけた。
「可愛いもんだ、自分で縛っていたのかい」
気をのまれて、香代は返事をすることもできない。
あれから…、
男が先に立って真っ直ぐマンションに戻った。どちらが案内しているのか
わからない感じである。
「開けろ…」
ドアの前まで来て、男は低い声で言った。ポケットから鍵を出して、
無言で鍵穴に差し込む。指先がふるえて鍵につけてある鈴がチリチリと
鳴った。この間、ほとんど言葉を交わしていない。
「ふむ、学生にしては良い部屋だな」
ズカズカと中に入ると、男は無遠慮にあたりを見まわしながら言った。
「コーヒーでも入れてくれ。まあ、ゆっくり話そう」
「あ、あ、あなたは…?」
「そうか、初対面だったな」
男は面白そうに言った。
「どっちみち、君は俺の自由になるんだ。そんなに怖がることはないよ」
こちらの意思を表現するスキがなかった。網にかかった魚のように、
ズルズルと手繰り寄せられてしまうのである。
「なんだ、これは…」
デッキに掛けっぱなしになっているテープを抜いて、男はちょっと
険しい眼をした。
「大切なビデオは、ちゃんと巻き戻しておかなけりゃ駄目じゃないか」
「ス、すいません…」
ベッドの下からロープを発見されたのは、その直後である。
「よほど好きなんだな。こんな硬い縄を使うとおまんこにタコができるぜ」
「………」
ぼんやりと、香代は眼の前にとぐろを巻いたロープの束を見つめていた。
「まあいい、そこに座れ」
ひとつしかない椅子に腰をおろして、男はコーヒーをブラックのまま
すすりながら言った。
「君はマゾだろう。全部さらけ出してしまうほうが気が楽だぜ」
まるで、警官が犯人を取り調べるような口調である。
「何もかもバレてるんだ。隠しごとをしたって無駄なんだよ」
香代は、崩れるように絨毯に膝をついた。不思議なことに、絶望的な
恐怖と恥ずかしさの奥で、奇妙な期待が蠢いていた。
「男は、何人知っているんだ?」
「ひ、ひとり…」
それは竜太のことを言ったつもりなのである。
「一人…?」
男は怪訝そうな眼をした。
「マゾのくせに、少ないじゃないか」
だが、こればかりは本当なのだから仕方がない。香代はおびえて
訴えるような視線を男に向けた。
「ちょっと、身体を見せてごらん」
「えッ?」
「縄遊びなんかしているわりには、それほど荒れているようにも
見えないんだが、いちおう確かめてみよう」
「ドドド…」
急に身体が小刻みに震えはじめた。
「どうするんですか?」
「裸になって、おまんこ拡げるんだ。見せてしまったほうが気が楽だと言ったろう」
子供のころ、プールの土手で竜太に初潮の血を見せろと言われたときと
同じ情況であった。それは、一種の催眠状態と言っても良かった。
自然に指が動いて、ブレザーのボタンを外した。上着を脱ぐと、
白のブラウスにブルーのスカーフ、その下はいきなりブラジャーである。
腕を背中にまわして、香代はブラウスを脱ぐ前にブラジャーのホックを
はずした。それから少し身体をひねって、袖口から手首を抜いた。
「立ちなさい」
うながされて、ブラウスを肩に引っかけたまま正面を向く。
「よく、マゾの女を犬だブタだと言う人がいるが、君は立派な人間のメスだ」
男が、ブラウスの上から爪を立てるような感じで乳房を握った。
「その証拠にちゃんとオッパイがあるし、おまんこも付いているんだからね」
ブルブルと震えながら、胸の奥で燻っていた性欲に火がついた。
自縛の縄をかけたときと同じようにクリトリスが熱くなり、ジワジワと
ボッキをはじめる。香代は、乳房を握られたままスカートのファスナーを引いた。
「ふうん、全然汚れていないな」
男は乳房から腹部にかけて、ピタピタと手の平で叩いて張りのある
感触を確かめながら言った。
「パンティも取ってごらん」
「あの、シャワーを浴びてないから…」
「構わんよ、どうせ濡れてくるんだ」
香代がパンティを脱ぐと、微かに甘酸っぱい尿臭が漂ってくる。
シミひとつない19才の肌は、ヨーグルトのように新鮮で滑らかだった。
陰毛は小ぶりの卵型で、まだ臓物のハミ出していないワレメの線が
透けて見えた。
「もっと脚を広げて、おまんこをあけろ」
「ハッ恥ずかしい」
「女だと思うから恥ずかしいんだ。君は人間のメスだよ」
「ハハ、ハイ…」
「おい、これは何だ…」
精一杯開いて踏ん張った内股の付け根に、新しいスリ傷があった。
「あ、それはアノ、きっと昨夜…」
自分で覗き込んで、香代は悪戯を見つかった子供のように口ごもった。
「ロープで擦った痕か?」
「そ、そうかも知れません」
「バカだな、独り遊びもいい加減にしろ。せっかく大切なところを、ん…?」
男は、ふと言葉を切った。
「君、もう少し股を拡げてごらん」
顔を近づけると、ボッキしたクリトリスが僅かに見えた。内部が
濡れているのか、先端がバターを塗ったように光っている。
男に指先でクリトリスの下を軽く突かれて、香代はビクッと筋肉を
緊張させて眉をひそめた。突然、竜太に指を突っ込まれたときの感触が
よみがえったのである。
香代のオナニーは、これまでクリトリスを揉むか外側をイジメるのが
主で、穴には直接手を触れていない。その部分は、あのころと
変わっていない筈であった。
「ベッドに来なさい、よく見せるんだ」
男が真剣な顔で言った。 医者に診察を受けるような気持ちで、
香代はベッドに上がった。
恥ずかしさはあまりなかった。仰向けに股をひろげてドキドキしながら
天井を見上げていると、男の手が柔らかい土手の肉を左右にあけた。
「君、もう男を知ってると言ったな」
「はい」
「見栄を張らんでもいい…」
立ち上がって、男は香代を見おろすように言った。
「まだ、バージンじゃないか」
「バージン…?」
そんな筈はない。性器を挿入されたわけではないが、確かに竜太に
犯されたのである。
「それとも、バージンではないとでも思っていたのかね」
「そうじゃないんですか?」
マゾとしての性欲は旺盛だが、その意味ではセックスに無知であった。
「フフフ…」
竜太とのいきさつを聞くと、男は残酷な笑いを浮かべた。
「なるほど、久し振りで面白い作品が撮れそうだな」
「えッ」
「いや、君の夢を実現してあげようと思ってね。どうだ、俺のビデオに
出てみないか」
「ビ、ビデオに…?」
ようやく、男の目的がわかった。軽はずみに手を出してこないのは、
香代をSMビデオの素材と見ているからであろう。
渡された名刺の肩書きはただ監督となっている。名前は神谷吾郎とあった。
「ドキュメントタッチでいこう。真性マゾの現役女子大生しかもバージンだ。
こいつはウケるぜ」
「わ、私にも出来るんでしようか…?」
いままで、それは遠い幻のような妄想の世界だったのである。
「良い素質持ってるじゃないか、面白い画になると思うよ」
ビデオに出られるのが嬉しいのではなかった。大勢のスタッフの前で
犯され嬲りものにされることがたまらないのだ。香代は、それが学校に
バレて、退学させられることになっても構わないと思った。
その夜、香代は初めて自分の性器に指を入れた。無意識に
手加減しているせいか、それほど痛いとも思わなかった。
竜ちゃん、ごめんね…、
温かい粘膜の内側をまさぐりながら、香代は、とうとう処女を渡すことが
できなかった初恋の男の名前を呼んだ。
6、バージン最後の日
あの晩ビデオ監督の神谷吾郎から指定された日時は、それから5日後の
午前10時であった。
「覚悟してこいよ。君が真ん物のマゾヒストかどうか試してみよう」
職業柄なのか、神谷は素っ裸の女を前にしても欲情のかけらも
見せずに言った。
「それまでタップリと性欲を溜めておくことだな。そんなんじゃ身体がもたんぜ」
香代は、黙ってうつ向いているよりほかになかった。恥ずかしさや
悔しさというより、致命的な秘密を暴かれてしまったあとの奇妙な脱力感である。
覚悟しろというのなら、それはそれで仕方がない…、と香代は思った。
すべては、あの貸ビデオ屋の女店員が洩らしたのであろう。
べつに証拠がある訳ではないが、あの女が通報したのでなければ、
初対面の神谷があれほど大胆な行動をとる筈がなかった。
香代が変態ビデオのマニヤであることを知っているのは、深夜のカウンターで
受付けをやっていたあの女以外にはいないのである。
あのビデオの女たちのように意思と理性を剥奪されて、思うさま凌辱されたら
いったいどんな気持になるのだろう…。
その感覚を味わってみたくて、柔らかい肉の裂け目に自分でロープを
食い込ませてギリギリと引き絞ると、それまで感じたことのない異様な
苦痛の奥に、息詰まるような快感が生まれる。
香代は、嫌でも自分の身体の中に濃いマゾの血が流れていることを
自覚しないではいられなかった。
だがそれは、誰にも知られることのない密室での淫らなプレイだった
のである。その秘密が、神谷吾郎に筒抜けになっている。妄想の世界
だった被虐の現実が、こんなかたちで眼の前に迫ってこようとは
夢にも考えていなかったことだ。
もう一つ、神谷から知らされた意外な事実がある。
高校生のころ、幼馴染みの竜太に指で掻きまわされて、処女はあのとき
失ったものだと決めていたのだが、神谷に性器を調べられたあげく、
まだ処女だと言われたことは物凄いショックだった。
竜太との思い出は、いったい何だったのだろう…。
香代は子供のころから、ワイセツな行為を強制されると無意識に
受け入れてしまう傾向があった。まるで金縛りにあったように動けなくなって
しまうのである。それは、一種の快感でさえあった。
神谷の言う通りにすれば、今度こそ本当に犯されることになるだろう。
19才になるまで処女でいたことのほうがあるいは不思議だったのかもしれない…。
毛が生えたら俺のところに来い、と言われた竜太との約束を果たせなかった
ことが、香代は泣きたいほど悲しかった。
一日一日が、新幹線の車窓から外の景色を眺めるように過ぎ去っていった。
そして何を考える余裕もなく当日がきた。
どうしよう…。
気持ではまだ迷っているのだが、行動だけがひとりでに先に進んでいった。
昨日はわざわざ伊勢丹まで行って真新しい下着一式を揃えた。
Tバックに近いショーツを買ったのは生まれて初めてである。
今朝いつもより早く起きてシャワーを浴びた。指先で肉ヒダを分けて、
念入りにヌメリを落とす。陰毛に軽くオーデコロンを擦り込むと、何となく
安心した気分になった。
これでは犯されるための準備を整えているようなものだ。何故そうなって
しまうのか、自分でもわからなかった。
結局、見えない糸に操られるように、香代は新しい下着をつけ、
馴れない口紅を引いて早々にマンションを出た。
待合わせの新宿の喫茶店は意外に混雑していて、撮影のスタッフらしい
若者が何組もたむろしていた。大半が雑誌やビデオ関係の仕事を
やっている連中である。
まだ約束の時間には早い。店内が満員なので、香代は目立たないように
入口の近くにたたずんで足もとを見つめていた。
「おう、早いな」
神谷吾郎が現れたのは、それから30分も経ってからのことだ。
「何やってるんだ。コーヒー飲んだか?」
「いえ…」
待たされたせいか、ふと、心にもない言葉が口から出た。
「あの私、やっぱり無理じゃないかと…」
「馬鹿いうんじゃない。もうみんな来ているんだ」
香代を無視して、神谷は店の奥に向かって思い切り大きな声を出した。
「おおい行くぞ。メンバー揃ってるか」
ぞろぞろと出てきたのは少し前から店の中にいた連中で、男が4人、
女1人のグループである。
「おはようございます」
口々に挨拶して監督を取り囲む。
「オーケイ、主役の桜井香代ちゃんだ」
香代は黙って頭を下げた。主役と言われても、犯される以外何の
役割りもないのだ。
「マゾだけど、まだバージンだからよ。面白い画になるぜ」
男たちの眼が、一斉にこちらを向いた。
「行こう」
器材と一緒にワゴン車に積まれて、着いたところはどこか郊外の
半分傾きかけたような木造アパートである。
「取り壊わす前に、一週間だけ借りておいたんでね」
監督が崩れた外壁を見上げながら言った。
「けっこうムードがあるぜ。少しぐらい暴れても倒れることはないやろ」
住人はもう立ち退いていて、人の気配もなかった。要するに、空き家に
なったアパートの二階が撮影現場なのである。
家具も何もない部屋に器材を置いて、監督が早速あれこれと指示を出す。
男たちが動きまわっている間、香代は何もすることがなかった。
「今のうちに、パンティを脱いでおきな」
「えッ」
「身体に線が出るとみっともない。撮影が始まったらどうせ脱ぐんだ」
「あ、はい…」
脱いだパンティの置き場がなくてオロオロしていると、一緒についてきた
女が笑いながら手を出した。
「私が持っててあげる」
香代はふと、どこかで会ったことがあるような気がした。30才を少し
過ぎた感じの、人の良さそうな女である。
「すいません…」
「綾子、メイクしてやれ。シロウトだからあんまり濃くしないほうが良いぜ」
綾子と呼ばれた女は、この社会でメイクさんと呼ばれる
美容師兼世話係のようだ。
「毛は、剃らなくてもいいかしらね?」
「中まで見えるように、土手のまわりを剃っておこうか」
ケースから剃刀とシェービングクリームを出すと、綾子は気軽な
調子で言った。
「ごめんネ、ちょっとおまんちゃんを見せてくれる?」
「こ、ここで…、ですか?」
「うん、こっちの明るいほうを向いて、横になって…」
香代は、心臓が飛び出しそうになった。
ワゴン車に乗ったときから、クリトリスが痺れて熱くなっている。
パンティを渡したとき湿ったところを隠すのが精一杯だったのである。
「あの私、汚れてるから…」
「いいのいいの、気にしないで」
嫌おうなしにタタミに仰向けにすると、馴れた手つきでスカートを捲った。
「あら、可愛いじゃん」
「どうだ、いい道具だろう?」
「ほんと、私なんてお別れしてから何年ぶりだわ」
「あたり前だ、バージンは一度サヨナラしたらそれっきりよ。お前の彼氏と
同じで薄情なもんさ」
「ヒドイ…ッ」
シュゥッと陰毛に泡を吹きつけながら、綾子が感傷的な調子で言った。
「バージン最後の日…、あァあ、女って哀しいわねェ」
「おっと、それいただこうじゃねえか」
神谷が思いついたように言った。
「そのタイトルでどうだい。こいつは良いフレーズだぜ」
天井を見上げたまま、香代は虚ろな微笑を浮かべた。
羞恥と恐怖がいつの間にか異様な陶酔に変って、クリトリスが
激しくボッキしている。
「アラアラ…」
手際良く陰毛のかたちをととのえると、綾子が滲み出してくる粘液を
ティッシュで拭きながら言った。
「バカねぇ興奮したりして、あとで後悔したって遅いのよ」
「は、はい…」
生まれながらのマゾの血がふつふつと沸き上がってくる。香代は、
もうどうなっても良いと思った。
それから撮影の準備ができるまで、およそ2時間近くかかった。