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    13、猥褻サーカス

 マユミが、香代の後ろでヒュッヒュッと鞭を鳴らした。

 眼を上げると、すぐ前を無数の人間が魚の群れのように行き交っている。

 その中からひと塊りの通行人が立ち止まってこちらを見上げていた。

頭の芯が真っ白になって、香代は意識がスーッと遠くなっていくような気がした。

 ビシッ…!

 背中に裂かれるような痛みを感じて、香代はハッと我にかえった。

 パシィ…ッ

 反射的にのけ反って腰を前に突き出す。続いて、尻たぶに灼けるような

衝撃がきた。

「アゥゥ…ッ」

 反射的に脚が車の床を蹴ると、身体が外に飛び出しそうに跳ねる。

バンザイのかたちに括られた手首が、危うくそれを引き戻してくれた。

 ヒュン…ッ

 鞭は容赦なく後ろからきた。

 その度にのけ反り、弓なりになって身体が宙に浮いた。

「ヒェェ…ッ」

 羞かしいとか、恥部を隠したいとかいった次元の感覚ではなかった。

狭い舞台の上で、香代は狂ったように淫美なマゾの踊りをおどった。

 サンルーフから身を乗り出したカメラマンが、その一部始終を残らず

カメラに収録している。

 路上の観客が、加速度的にその数を増していた。二三十人も集まると

無関係な通行人まで自然にそこに寄ってくる。いわゆる野次馬である。

「監督ッ、そろそろヤバいです」

 車の横に立って見張りの役をつとめていたADが神谷に告げた。

「よしっ、ズラかろうぜ」

「はいっ」

 ADがカメラマンに合図を送ると、開いているドアを思いきり引いた。

「危ないぞ、足を引っ込めろ!」

 ガシャッと乱暴な音を立てて、香代の鼻先でドアが閉まった。

 ADがエンジンを掛けたままの運転席に駆けあがって車が動き出すまで、

わずか数秒の早業である。

 乳房が二三度ドアにぶつかって、みるみるうちに人だかりが視界から

遠くなっていった。

「アパートに戻りますか」

「いや、少しドライブしよう」

 助手席の神谷が落ち着いた声で言った。

 腰から下の力が抜けて、香代は車の最後部に手首だけでぶら下がっている。

「香代ちゃん、しっかりして…」

 隅のほうから綾子が這い出して、ようやくロープを解いてくれた。

「可哀そうに、よく辛抱するわね」

 ぐったりとフロアに横になると、綾子が鞭で赤くなった背中や太腿を

露骨にさすりながら言った。

「これでも気持快いのかしらね、マゾって嫌ねぇ」

「すいません、ダ、大丈夫です」

 全身が、麻薬に酔ったように熱い。

 クリトリスに、オナニーでイッたあとより数倍も強い快感の余韻があった。

 いったい、これは何なのだろう…。

 先刻、蟹のようなあぐら縛りにあったときも、粘膜に密着したテーブルの上に

ヌルヌルと多量の分泌液が滲み出していた。ひそかに耽溺していた

被虐ビデオを見て濡れるときよりもはるかにひどい。

 何故そうなるのか…、香代には理解することができなかった。

 ゴトゴトとタイヤがはずむ振動が伝わってくる。車はかなり高速で

走っているようであった。

「あら…」

 指先でさり気なく肉唇をなぞって、綾子が声をあげた。

「香代ちゃん、洩らしちゃったの…?」

「エ、エッ」

 ギョッとして眼をあけると、綾子は目尻に淫らな小皺を寄せて笑った。

「仕方ないわよね、あんな酷いめに合わされたんだもの」

 指を動かすと、グシュグシュと粘液とは違った異常な濡れかたである。

いつ失禁したのか、全然覚えがなかった。

 大量に噴出したわけではないが、鞭で打たれたとき少しづつ洩れたのであろう。

 綾子が惜しげもなく新しいハンカチを使って拭いてくれたが、下腹が

重く張って、まだ中にいっぱい残っているような気がする。

 そう言えば、香代は今朝から一度も排泄していないのである。

「あ、あ、あの…」

 やはり綾子に訴えるしかなかった。香代は口ごもりながら言った。

「私トイレに…、お、お願いします」

「ちょっとォ、香代ちゃんトイレですって、どこかで停めてくれない?」

 香代は控え目に言ったのだが、綾子が大声で運転手を呼んだ。

「ここどこなの、早くしてくれないとモレちゃうわよゥ」

「よしわかった、もうすぐパーキングエリアだ。そこで休憩にしよう」

 かわりに返事をしたのは、監督の神谷吾郎である。車は何時の間にか

東名高速に乗って横浜をとっくに過ぎていた。

 海老名のサービスエリアに入ったのは、それから間もなくである。

 あたりが、ゆっくりと暗くなりはじめていた。午前中からぶっ通しの撮影で

さすがに疲れたのだろう。緊張から解放されたスタッフが思い思いに

車の外に出た。めいめいがトイレで用を足して、売店で買ったスナックを

食べながら談笑している。監督の神谷がソーセージをかじりながら、

カメラマンとしきりに何か打合せしていた。

「食べなよ、お腹空いたでしょ」

 ジャケットを引っかけたマユミが焼きソバとウーロン茶の缶を

持ってきてくれた。香代は、まだ車の中なのである。着るものが向こうの車に

積んであるので、外に出ることができない。

 仕方なくハイエースのフロアにうずくまって焼きソバを食べたが、

ウーロン茶を飲んでしまうとどうやら人心地がついた。

 そのかわり、これまで意識していなかった尿意が急に激しくなった。

 朝から小便などしているヒマもゆとりもなかったのである。ウーロン茶が

呼び水になって、膀胱の中で濃くなった液体が急速にその量を増してくる

のがわかった。

 早く行かせてほしい…、

 欲求がさし迫ってくると、香代は次第に落ち着かなくなった。

 一同が車に戻ってきたのは、それから30分も経ってからだ。

 突然、後ろのドアがガタンと口をあけた。

「いいですか、それじゃ出発します」

 ADが顔を出して、そのまま運転席に乗り込む。

「エッあの、ト、トイレは…?」

 あわてて綾子を見たが、何か言いくるめられてきたのか、綾子は

気の毒そうな顔で黙っている。

 後部ドアを開いたまま、車がゆっくりと滑り出した。すぐ後ろにスタッフの

ライトバンがピッタリと貼りついている。

「困りますッ、ト、トイレに行かせて…」

「待ちなさいよ、今すぐにやらせて上げるから…」

 マユミが、香代の足首に一本づつロープを巻きつけながら言った。

 結び目を確かめると、今度はウエストに輪を作ってギッチリと締める。

「どッ、どうするの?」

 香代は本能的に後ずさりした。

「もっと先のほうに行って、縄で引っ張ってあるから安全だよ」

 マユミが長さを計って、ロープの反対側を運転席のシートに結んだ。

「いや、コ、怖い…」

「大丈夫だったら、走り出しちゃったものは仕様がないじゃない」

 鞭の根もとで尻べたを小突かれて、香代は這うように車の先端に出た。

 開け放しのドアが煽られるので、それほどのスピードは出していない。

80キロくらいで走行しているのだが、下を覗くと、凄まじい勢いで路面が

波を打っていた。

「ウワ、ワッ…」

 香代は夢中で車の把手にしがみついた。

「早くやってッ、ビデオ撮るんだから…」

 マユミが焦れったそうに言った。

「こ、こ、ここでですか…?」

 そのとき、追走していた車がライトをパッと上に向けた。ギラギラした

ヘッドライトをまともに浴びて、香代は一瞬眼がくらみそうになった。

「車を汚さないようにしてね。おまんこを外に出さなきゃ駄目よ」

「うぇぇ…ッ」

 逃げ道はどこにもなかった。 ヨロヨロと立ち上がると、足首と

ウエストの命綱が何とか車から転落するのを引き止めてくれた。

 だが下腹部の張りは、もう限界に達している。

 立ったままで前方に放出するのは、女には至難の技である。必死の思いで、

香代は脚を拡げた。

 膝を曲げて、少し前屈みになった姿勢で、両手で肉ベラを開くと、

香代はクリトリスを上に向けた。

    14、レズへの誘惑

 すっかり暗くなった高速道路を、2台の車が

同じ車間距離を保って走っている。上向きのヘッドライトに照らされた女の

裸体奇妙に浮き上がって、立体的に見えた。

 サンルーフを開けて屋根にセリ出したビデオカメラが、ピッタリと女の裸体に

照準を合わせている。

 しばらくして、女の股間からビュッと短い銀色の水流が噴き出す。

 キラキラと光った水滴が、風圧に舞って後ろの車のフロントガラスまで

飛んだ。続いて、よくもこんなに溜めたものだとびっくりするほど、大量の

放出がはじまった。

 ビシャビシャと大粒の雫が後続車のフロントガラスを叩く。

 運転手が、とっさにワイパーをかけた。

 道路も濡れたのだろうが、アッという間に後ろに飛び去ってしまう。

 すぐ横の車線を、大型のトラックが猛烈なスピードで追い越していった。

「危ないッ」

 グラグラと女の身体が揺れる。綾子が悲鳴を上げたが、ウエストを

繋がれているので前に落ちる心配はなかった。

 極度に緊張しているのだが、香代は、ぼんやりと夢を見ているような気がした。

 もしかしたら、夢の中でオシッコを漏らしているのではないか…、

 何故か幼いころの微かな思い出が甦ってきた。あのときは布団の中が

不思議に温かくなって、恍惚とした解放感があったのである。だが現実には、

車が揺れるたびに括約筋が自然に閉じてしまうのか、放尿は飛沫を

上げながら断続的に2分ほど続いた。

 膀胱が軽くなると、香代は崩れるようにフロアに尻餅をついた。

 股を拡げて、ヘッドライトに性器を晒したまま車と一緒にガクガクと振動している。

「上手上手、うまくいった…!」

 マユミが、一人で歓声をあげた。

「香代ちゃんッ、早く戻って…」

 腕のつけ根を抱えて、綾子が引き摺るように中央に引き戻す。

「バカねッ、あんた、あんなところに座っていて怖くないのッ」

 潤んだような視線を上げて、香代はゆっくりと首を横に振った。そのとき、

ビクッと腹筋が痙攣した。

「アゥ…」

「カ、香代ちゃん…!」

 綾子が怖いものを見るように抱いていた手を離した。

「アゥッ、アゥゥ…」

 ビクッ、ビクッと、一定のリズムで全身の筋肉が収縮する。その度に

プルプルと乳房が震えた。

「へぇ、イッてるじゃん」

 マユミが呆気にとられたように言った。

「凄いわねェ、この子、相当なマゾね」

 危険を犯して放尿した恐怖やスリルに震えているのではなかった。

 人権を剥奪され、すべての意思を失った姿をカメラに収められたことが

たまらないのだ。それは昼間、スタッフの見ている前で処女を破られた

ときにもあった。香代自身にも解らないアブノーマルな肉体の反応である。

 イクという表現が当たっているのかどうかも判然とない。

 オナニーでイクことは知っていたが、それよりもはるかに強くて、骨まで

溶けてゆくような異質の感覚であった。マユミと綾子に見守られて、

痙攣は車が次のパーキングエリヤに入るまで続いた。

 ADが後ろの車から服を持ってきてくれたが、もうトイレにゆく必要もなかった。

「お疲れさん、良いカットが撮れたぜ」

 車の外に出ると、神谷が満足そうに一同を見まわしながら言った。

「モデルは最高だったな、御苦労さん」

 パチパチと拍手が鳴った。

 身を縮めて、香代は新入生のように頭を下げた。あらためて自分が

服を着ていることが恥ずかしかった。

「誰か、もう一度香代とヤリたい奴はいるかい?」

 若いADとチラッと視線が合って、香代はあわてて眼をそらした。

「個人的にも受付けるぜ。香代、それでも良いんだろ?」

「はい…」

 誰かがヤラせろと言えば、無条件で受け入れることができそうである。

香代は、数時間前まで処女だったことが、まるで嘘のような気がした。

 考えてみれば、射精したものは一人もなかった。彼らを動物のような

感覚の持主だと思っていたが、みんな自分の性欲を犠牲にして真剣に

取り組んでくれたのである。感謝というより、香代はスタッフの全員に

淡い愛情に似た未練を感じた。

「まぁいいや、お祭りはまた今度にしよう」

 神谷が笑いながら言った。

 モデルに使った女とは後くされを持たないことは彼らの不文律である。

 それでなければ、次に犯す獲物に無心に飛びかかることが出来ない。

犯された女にとって、それはかえって残酷な仕打ちだった。

「行くぜ…、御殿場でUターンだ」

 2台の車が東京に向かって制限速度を超えたスピードでブッ飛ばしていた。

「ねぇ、今夜はうちで泊まんなさいよ」

 暗くなった車内に並んで揺られながら、綾子が囁くように言った。

「これからのこともあるでしょ。良かったら相談にのってあげる」

「えぇ、でも…」

 ためらったが、このまま一人になったらとても寝られそうになかった。

 昼間からのショックで神経がささくれだっている。綾子のところに行けば

もっと寝られないだろうと思ったのだが、香代はふと甘えた気持ちになった。

 竜太とのことを相談してみたい…、

 30才をとっくに過ぎたおばさんだということもあるが、何故か他人のような

気がしないのである。

「悪いわ、ご迷惑じゃないかしら…?」

「遠慮しなくても良いよ」

 綾子が弾んだ声で運転手を呼んだ。

「ちょっと、私たち目黒の駅前で降ろしてくんない」

 何時の間にか、マユミは反対側のシートに寄りかかってグッスリと

眠りこけている。かなりのスピードで飛ばしたのだが、東京に戻ると

もう9時をまわっていた。

 綾子のマンションは、駅前から歩いて10分足らずの距離にあった。

古いがしっかりした12階建ての8階である。

「どうぞ、汚いところだけど…」

 背中を押されて中に入って、香代は立ったまま足をとめた。

 おや…、

 敏感に、男の匂いを嗅いだのである。

 女の独り住まいかと思ったのだが、部屋の雰囲気は明らかに世帯だった。

結婚か同棲かわからないが一緒に暮らしている男がいることは間違いなかった。

「あの私、お邪魔では…」

 香代はオズオズと言った。

「いいのいいの、気にしないで」

 気さくに笑いながら上着を脱いでハンガーに掛ける。ブラジャーを取ると、

香代の2倍もありそうな乳房がボロンとムキ出しになった。真っ白な、

牛乳をゼリーで固めたような色である。

「一緒にシャワーを浴びよう。身体がドロドロだよ」

「エッ、はい…」

 昼間からの連続的な性行為と異常な情欲に濡れて、クリトリスの周囲に

粘りつくような不快感が残っている。性器に触られることは眼に見えていたが、

香代は従順に綾子の後についてバスルームにいった。

 マンションの浴室は狭くて、二人入るのがやっとである。肌が触れあうたびに、

綾子は淫らな微笑を浮かべて香代を見つめた。

「香代ちゃん、わりとおケケが少ないのね」

「そうかしら…」

 そっと視線を落とすと、綾子は黒々とした濃い陰毛を持っていた。

 若いころ、強姦された現場を撮影したビデオに写っていた陰毛である。

あの凄惨な画面を思い出すと、香代は一種の感動に似た懐かしさを感じた。

「おマタを広げてごらん、バイキンが入るといけないから…」

 まだ腫れている肉唇を指でひらいて、綾子がシャワーでお湯をかける。

「ね、気持ち快いでしょ…」

 愛撫しているのか洗っているのかわからないような感じで、腰のまわりに

痺れたような感覚がひろがってくる。クリトリスに微妙な指の動きを感じながら

香代は身をまかせているより他になかった。

 それでも、苛酷だった一日の汗と汚れを落とすと、肌が生き返ったように

若い女の張りを取り戻す。

「可愛いわねぇ、若さって素敵ね」

 玉になった水滴をバスタオルで拭き取りながら、綾子がタメ息をつくように言った。

「うらやましいわ。私なんかもうオバさんだもの…」

「いえ、そんな…」

 あの強姦ビデオを撮られたとき綾子はまだ初々しい美容師の卵だったのである。

 おそらく、今から十年近く前のことだったのであろう。香代の頭の中に、

泣き狂って犯されていた綾子の映像が再現していた。



<つづく><もどる>