淫虫に憑かれた女 (1)








     一、夜行列車の女

 新幹線が開通するまでの東海道本線で、最も速かったのは

特急つばめ号である。当時、東京ー大阪間を凡そ八時間半で走った。

 その反面、今ではおよそ考えられないようなのんびりした

鈍行列車もあった。代表的なのが、東京発門司行の各駅停車…。

 夕方東京駅を発車して九州の門司まで、とにかく全部の駅に停まる。

正確な所要時間は覚えていないが、たしか26時間と少しかかったと思う。

 私がたまたまこの列車に乗ったのは、ちょっとした好奇心からであった。

 少し前、姫路に住んでいる自称マゾヒストの女から連絡があって

二三度手紙を往復したのだが、ぜひ逢って欲しいというので、

ついでに日本最長の鈍行列車に乗ってみようという物好き旅行である。

 車内は始めのうちはかなり混みあっていたが、ほとんどが

近距離の客で、小田原あたりまでに大部分が降りてしまう。

何のためにひとつひとつ停まっていくのか判らないが、静岡を過ぎると

眠りにつく人が多くなった。

 その後の客の乗降は皆無である。

 文字通りの夜行列車で、線路を刻む車輪の音も現在とは

まったく違う。ゴトトン、ゴトトン…、眠気を誘うリズムが際限もなく続いた。

 真ん中の通路をへだてた向こう側の席に、女が一人じっと

うつむいている。このまま車内で一夜を明かして、さらに遠くまで

行くのであろう。

「あんた、どこまで行くの?」

「大牟田です」

 少し崩れた感じの、身体から甘酸っぱい匂いがするような女だった。

「ずいぶん遠いんだね」

「ええ…」

「『きりしま』で行かないのかい?」

「急行はもったいないから…」

 九州には、鹿児島まで『きりしま』、熊本まで『あそ』といった

特急が出ていた。大牟田といえば門司よりもはるかに先である。

各駅停車でたどり着くには容易なことではあるまい。とりとめのない

話のなかから聞き出したことは、女の名前が安藤幸子、35才…。

 一年ほど前に離婚してある会社の社員食堂で働いているのだが、

親が病気なので看病のため故郷の大牟田に帰るところだという。

「治らない病気なんですよ。贅沢させてやりたいんだけど…」

 幸子は、淋しそうに笑った。

「女一人じゃいくらも稼げないし、何か良い働き口でもありませんか?」

 半分冗談のように言ったが、眼の中に真剣な色が浮かんでいる。

「まだ若いんじゃねえか、身体で稼ぐつもりなら仕事はいくらでもあるぜ」

「えッ」

 幸子は眼を丸くして私の顔を見た。

 身なりはみすぼらしいが、肉づきが良くて男好きのする顔をしている。

仕込めばものになりそうなタイプである。

「でもねえ、私、水商売なんてやったことないし…」

「水商売じゃねえよ。変態クラブだ」

「ヘンタイ…?」

 幸子は身体を固くして、ちょっと怯えたような表情を見せた。

「そうさ。ちょっと変った仕事だけど金にはなるぜ」

 そのころ、変態クラブでは女が足りなくて困っていた時であった。

行きずりの女でも、話は話である。

「あんた旦那と別れて、どうせ空き家なんだろ?」

 幸子の正面に席を移して、私は遠慮なく言った。

「いい身体して、男の味を忘れちゃったわけでもねえだろう」

「そんな…、し、知らない」

「羞かしがることはねえさ。もう一度、男に抱かれてみたいと

思わねえか」

 前の座席から無造作に足を伸して、幸子の股の間に入れる。

「せっかくのおまんこじゃねえか、使うんなら今のうちだぜ」

「い、いやよ…」

 あわてて膝頭を締めようとしたが、爪先で内腿をこじあけると、

幸子は真っ赤になってうつむいてしまった。

「この感じじゃ、性欲は強いほうだな。もう濡らしてるんじゃねえのかい?」

「うそ…」

 列車の中ということもあったが、私はこの女にムラムラと欲情を感じた。



    二、みだらな夜風


 もう深夜である。

 岡崎を過ぎると、さすがの鈍行列車にも通過する駅があった。

だが相変わらずゴトトンゴトトンとスピードは遅い。

 スカートの中に足を突っ込まれても、幸子はうつむいたきり声を

上げなかった。姫路で待っている女にも興味はあったが、このまま

見逃してしまうテはあるまい。爪先で下腹をつつくと、ピクンと身体を

震わせて股を拡げる。発情しているらしいことはすぐにわかった。

そうかと言って、ここでハメてしまうわけにもゆかないのである。

「ちょっと、一緒に来いよ」

「ナ、何すんの?」

 幸子はドキッとした様子で身体を縮めた。

「何もしやしねえよ。いいから来てみな」

「イヤ変なことしないで…」

 上着の襟もとを掴まえて、私はさり気なく席を立った。

 通路から見ると、乗客があちこちでいぎたなく眠りこけている。

まだ起きている客もいたが、誰もこちらに注意を向けている

様子はなかった。

 後ろから背中を押して、出入口の重いドアを開ける。とたんに

轍の音が大きく耳に響くようになった。

「ど、どうすんのよッ」

 便所に押し込んで内側から鍵をかけてしまえば、少しくらい

騒がれてもわからない…、というのが最初に考えていた方法である。

「チェッ」

 扉を開けて覗いてみたが、内部は思ったよりずっと狭くて、

不潔な小便臭が立ち込めていた。便器の周辺が汚れて、

とても女を抱けるような状態ではなかった。

 舌打ちしてそのままデッキに出る。

 そのころの列車は、扉が手動式で開け放しである。外には真っ暗な

闇がゴトトン、ゴトトンとリズムに乗って流れていた。

「こ、怖い…」

 幸子が尻込みをしながら言った。

「人が来たらどうするのッ」

「心配すんな、誰も来やしねえよ」

 場所はここしかなかった。デッキの扉を閉めて私はズボンの

前をあけた。

「ヒェ…ッ」

 掴み出した肉塊をひと眼見るなり、幸子は奇声を上げて

反対側のデッキに飛び出そうとした。

「待てっ、どこ行くんだ…!」

「堪忍してェ、いッ、いやよゥッ」

「危ねえ、落っこちたら一巻の終りだぜ」

「放して…ッ」

 狭いデッキの上を、右に左に女が逃げまどう。だが幸子には、

初めから無理に犯されたというのを口実にしようとしているような

ところがあった。その証拠に、追い詰めても決して自分から

客室のほうに戻ろうとしないのである。

「このやろう、いい加減にしろ」

「ヒィッ、ぶたないで…」

 軽く乳房を突くと、幸子は他愛もなくくたくたと連結器の鉄板の上に

しゃがみ込んでしまった。

「てめえ、何時までもこんなところで遊んでいたって仕様がねえだろう」

「ドッ、どうしろって言うのよゥ」

「せっかく知り合ったんじゃねえか、ちょっとヤラせるだけで良いんだよ」

「そんなッ、出来ないわッ」

 実際に犯されるのはやはり怖いらしく、幸子は真剣に恐怖の表情を

浮べた。デッキを開けると、スカートが風にあおられてパッと広がる。

「アッやめて、危ないッ」

 構わず背中を押すと、外側の鉄棒を両手で握ってつんのめるような

姿勢になった。

「ウワ、ワ…」

「動くな、足を上げろ!」

 尻のほうからパンティを抜き取って肩越しにポイとほうると、

白い布切れが一回転してアッという間に闇の中に消えていった。

「手を離すと落ちるぜ。気をつけろ」

「イッ、いやァッ」

 内股を抱えて容赦なく突き上げると、そのたびに身体が前のめりに

なって、顔がデッキの外にとび出す。

「ウェェェ…ッ」

 爪先立ちになって、幸子は引きつった悲鳴を上げた。

 暗いのでワレメのかたちは良くわからないが、吹きさらしの風の中で

淫汁がすぐに乾いてしまう。ギシギシと肉唇を巻き込むような窮屈な

感触である。

「ヤッやめて、もういいから…ッ」

 急に轍の音が変わって、名も知れぬ駅のプラットホームが

足もとを流れていった。

 赤いランプを持った駅員の姿が、眼の前を一瞬横切って消えた。



    三、意外な訪問者


 不自由な姿勢で、これではなかなかイキそうにない。

 仕方なくデッキにしゃがませて、口の中に入れた。それでも、

射精するまでにかなりの時間がかかった。

 終ったとき幸子は腰が抜けたようになっていたが、出すものを

出してしまうと急に寒くなった。そうそうに客室に戻ると、なかの空気は

生き返るほどに暖かく澱んでいた。

 客の大半は二人分の座席を占領して横になっている。スカートについた

夜汽車の煤煙を気にしながら、幸子は黙って自分の席に腰を下ろした。

 まもなく名古屋である。沿線の灯が急に増えた。

「おい、イッたのかよ」

 風に吹かれた髪の毛を直している女に声をかけると、幸子は

恨めしそうにこちらを睨みながら僅かに首を振った。

 パンティを捨ててしまったので、この女、スカート中は素通しである。

「私なんかと…、どうせ遊びなんでしょ」

 やがて、幸子がポツンと言った。

「そんなことはねえさ、面白かったぜ」

「ホラ、やっぱり遊びじゃない」

「そんなこと言ったって仕様がねえだろう。はじめて会ったんだから…」

「だって私、まだお兄さんの名前も知らないのよ」

「わかったよ、教えてやるよ」

 名刺を渡してゴロリと横になった。現金なもので、欲望を満たして

しまうと単調な線路の響きがこころよい子守歌に聞こえる。

 早朝に京都に着いて、大阪から神戸あたりは通勤列車なみの

混雑になった。

 寝不足だが、座席を二人分占領して眠っているわけにもいかない。

隣りに工員風の若い男が座っていて、女と露骨な話をすることも

出来なくなった。

 まもなく、目的の姫路である。

 私が降りる支度をはじめると幸子は急に不安そうな顔で

こちらを見つめた。この女の行く先は、ここまで来てまだようやく

半分である。

「ありがとよ、まあ元気でやれよ」

 幸子は何か言いたげに腰を浮かした。だが結局それきりである。

私としても行きずりの女にこれ以上かかわる必要もなかった。

 面白い体験をしたな…、そんな思い出がしばらく残っていたが、

それもやがて消えてしまった。

 姫路で待っていた女は自称マゾヒストだが、要するにただの淫乱だった。

 汽車の中で射精したせいもあったが、はじめからマゾだ変態だと

せがんでくる女は好きになれなかった。そんなことなら幸子のように

何の変哲もない女を自然の成り行きで犯したほうがよほど性欲を

かき立てられるような気がする。

 そして、それから半年ほどが過ぎた。

 年が明けて、すっかり春めいてきた夜のことであった。

 事務所のドアを、かすかにノックする音が聞こえた。

 誰だ、いまごろ…、

 出てみると、見なれない中年の女がうつむいている。

「あの、私ですけど…」

 顔を上げたのを見て、アッと思った。

 あのときの幸子である。夜汽車で会ったときよりも少し痩せて、

やつれているように見えた。

「どうしたんだ、九州に帰ったんじゃなかったのか」

 名刺を渡したことは覚えていたが、まさか訪ねてこようとは思わなかった。

「いえ、帰ったことは帰ったんですけど…」

 あれからすぐに親が死んで、葬式を済ませてまた東京で働く決心を

したのだと言う。

「それであの…、こちらで、使って貰えないかと思って…」

「へぇっ、本気で変態をやるつもりかい」

「はい」

「甘く見るんじゃねえぞ」

 私はわざと厳しい顔で言った。

「男のオモチャになるんだぜ。それでも良いのかよ」

「か、構いません」

 幸子は、心を決めているようであった。

「どうせ、あのときオモチャになったんですから…」

「ふうん」

 年はいっているし、使いものになるかどうか…。

私は、いきなり幸子の乳房を鷲掴みにして言った。

「てめえ、そんなにおまんこを虐められるのが好きなのかよ」

「は、はい…」

「よし上がれ、身体に聞いてやる!」




                            <つづく><もどる>