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一、暗い町


東京は浅草、花川戸…。

ここは吉原に近く、浅草の観音さまの裏手にあたる。

隅田川に沿って、戦前の東京ではいちばん粋と言われた

江戸っ子の町である。昭和二十三年、戦災で廃墟となった

盛り場はそろそろ復興の兆しを見せていたが、このあたりは

まだ街灯の数も少なく、暗い裏町の雰囲気を漂わせていた。

入り組んだ路地に並ぶ家の屋根にも、昔ながらの重厚な

面影はなかった。江戸の栄華を知るものにとっては、

変わり果て、うらぶれた町のただずまいである。

その暗くて狭い路地に沿った通りの奥に、一軒のしもた家があった。

一見なんの変哲もない普通の家だが、玄関から中に入ると、

いきなり八畳と六畳の二間続き、その奥にまだ部屋はあるのだが、

襖を取り払った十四畳の和風広間に、十人近い人の頭が

かたまっていた。天井から電灯の笠は下がっていたが、

灯が点いていない。どこからか漏れてくる夜の明かりで

数えてみると、男が七人、女は一人である。それぞれが

黙っていて、誰ひとり口をきこうともしない。たがいに顔を

見られるのも避けている様子で、俯いて身動きもしないのである。

異様と言えば異様な雰囲気だが、彼らはもともと見知らぬ他人で、

浅草の盛り場からポン引きの輪タク屋の誘いに乗って連れられて

来た連中である。

その中で、江理子だけが旦那の嘉助と二人連れ、あとはみな

一人の物好きな男たちであった。

江理子は三十六才、もう男を恥ずかしがる年ではないが、

こんな場所に連れてこられたのは初めてである。

「みなさん、いらっしゃいまし」

奥の襖が開いて、男が一人顔を出す。

「それじゃ、これから始めますんで、どうぞもっと前の方へ…」

だが誰も動くものはなかった。男が中腰になって壁のソケットに

電気のコードを繋ぐと、部屋の中が突然パッと明るくなった。

畳の上で、百ワットの裸電球が手製の銀紙のフードを付けて、

男が入ってきた襖の方を向いている。即席のスポットライトの

つもりであろう。

「加奈ちゃん、出番だよ」

座卓を出して、その上に新聞紙と白い半紙を置くと、男が襖の奥に

声をかけた。

カサカサと着物がすれる音がして、出てきたのは女がひとり、

着ているのは粗末な浴衣で、はだけた襟もとから乳房が半分

露出している。女は両膝を同時に畳に落すように座ると、

両手をついて無言で頭を下げた。

「まずは小手調べ、花電車です」

女が腰を浮かして座卓の上に登る。

しどけなく帯の弛んだ浴衣の前を捲ると、それまで動かなかった

江理子以外の客の頭が一斉に前に寄った。

座卓の上にしゃがんだ女が、男から墨汁に浸した筆を受け取って、

広げた股のつけ根に当てる。筆にはガーゼのようなものが

巻きつけてあったが、手首を曲げて穴に突き刺すとき、

女は微かに眉をひそめた。

思わず一緒になって、江理子は眉間に皺をよせた。

まるで、自分がやられているような気持である。

羞ずかしくないの…?

同じ身体だから、差し込むのは造作なく出来ることは判るが、

男たちの視線を浴びて異物を挿入して見せなければならない

加奈という女の心情が哀れだった。

きっと、居たたまれないほどつらいのだろう…

自分の今の境遇にくらべて、この屈辱に耐えている加奈を

すごいと思う。

江理子は息を殺して、この女が次に何をやるのか、瞬きもせず

凝視していた。女が開いた膝に手のひらを当て、肘を張って

バランスを取りながら、ゆっくりと腰を動かす。

おぼつかない動きで、半紙の上に奇妙な点や線が

描かれていった。

半分近く穴に埋まった筆で文字を書くためには、体重をくるぶしと

太腿の筋肉で支えるので、かなりの労力が要る作業である。

「ハイ誰か要りませんか、縁起が好いよ」

男が半紙をこちらに向けると、筆先が波を打って歪んだ文字が

『寿』と読めた。

何人かの客の手が伸びて、ひったくるように半紙を奪う。

女は続いて『玉』『福』『春』と目出度い文字を書いていったが、

その度に苦しそうに肩で息をしている。

半紙は目の前で次々に男たちの手に渡っていった。

「ハイお次は、卵を産ませます」

それを合図に女が後ろ手に身体を支えて、座卓の前に腰を突き出す。

そのとたん、男たちの頭がドッと中央に寄った。



二、女の見世物


「誰か、この卵を入れてください」

たちまち二・三本の手が伸びる。男から卵を受け取った中年過ぎの

禿げ頭が女の広げた股の間に入った。

左手で土手を開いて、穴の入り口でグリグリと卵をまわすと、

あぶら薬でも塗っているのか、卵は意外と簡単にツルリと

潜り込んで見えなくなった。

「はい、お次」

代った若い男が、確かめようとして指を中に入れる。

「おっと、それは駄目だよ。バイ菌が入るから、卵だけにして」

制止されて、男はまごつきながら二個目の卵を入れることに

成功したが、まだ未練ありげにクリトリスのあたりを突ついたりしている。

当時、まだ女の性器をこれほど眼近に見るのは珍しい時代である。

こうなると他の男たちも、もう恥も外聞もないと言った感じだった。

「ほう、えぇのう」

「良く入るもんだな」

「どれ、ちょっと、もっとよく見えるようにせんか」

口々に勝手なことを言いながら近くに寄って覗き込む。

誰かが残ったひとつの卵を押しこもうとするのだが、なかなか

上手くゆかないようであった。

「よぅし、入った、入った」

ようやく歓声があがったが、照明の陰になっているので、

離れていたのではどうなっているのかほとんど見分けが

つかない。だが、江理子はそんなところを見ていたわけでは

なかった。

自分と同じ女の性器を見ても、品物扱いにされて可哀想だとは

思うが、それほど感じるわけでもなかった。江理子がドキドキしたのは、

そんなことより加奈という女の身体と表情の変化である。

年令は自分より下だが、それでも三十才は過ぎている

ようであった。江理子より少し小ぶりの乳房が張りを失って

左右に垂れている。皮膚の色が黄色くて、弛んだ腹の肉に

深い横線が何本も刻まれていた。広げた股の間から下腹部にかけて、

陰毛を鋏で切られているのか、それほど盛り上がっていない。

これは客に良く見えるようにと言うより、毛切れを防ぐための

処置なのである。顔立ちも決して美人と言うほどではなかった。

こんなところで見世物にされるまでには、どれほどの男に犯され、

虐げられてきたのだろうと思うと、江理子は身につまされるような

気がする。

私は、まだ幸運だったのかもしれない…

闇成金の大友嘉助のめかけになって、猟奇趣味の旦那と一緒に

淫靡なショーを観なければならない自分の境遇も、演じている

加奈という女と同じようなものだ。

そのとき、加奈が軽い呻き声を発した。

腰を浮かし、呑んだ卵を産み出そうとして息を吸うたびに、

腹部の筋肉が波打つように上下する。

「それもう少しや、頑張りや」

見物の一人が声をかける。

見るとドス黒く変色した土手の肉を押し分けるように、白いものが

僅かに出たり入ったりしていた。

「これっ、もっと強くいきまんかい」


「ウウム…ッ」

「よしもうちょっとだ、産みの苦しみだな」

やがて、コトンと音がして卵が一個、座卓から畳の上に転がる。

江理子は思わず目をつぶった。女の肉体をオモチャとしてしか

扱わない、惨酷で非情な遊びである。

こうして三個目の卵を産み終わったときには、女は腕の力が抜けて

座卓に尻餅をついたまま額に脂汗を浮かべていた。

「さぁてと、それではいよいよ本番にまいります」

男が女の腕を取って、乾いた声で言った。

「少し下がってください。今度は手を出しちゃ駄目だよ」

江理子は、エッと思った。

これ以上、まだこの人にやらせるつもりなの…?

女がノロノロと起き上がって、座卓を部屋のすみに押しやり、

代りに積んであった布団を敷く。

「シゲさん、準備いいですよ」

声をかけるとすぐに襖が開いて、シゲさんと呼ばれたもう一人の

男が登場する。

三十がらみの不精髭を生やした男である。

客たちに挨拶をするでもなく、手早く上着を脱ぎズボンを下ろす。

裸になると、肋骨が見えそうな痩せた身体をしていた。

江理子の眼が自然に股間にいったが、男根はまだ垂れたままで

膨張の兆しも見せていない。二の腕と太腿にある大きな青黒い痣は、

そのころ公然と市販されていた覚醒剤ヒロポンを注射した痕の

鬱血である。



三、犬あつかい


「加奈ちゃん、デカくしてやんな」

司会役の男に促された女が、部屋の隅からシゲさんのところに

いざり寄る。

煎餅布団に手をついて、顎を突き出し、舌を伸ばして垂れている男根を

掬い取るように咥えた。首を前後に振って舐めるのだが、なかなか

大きくならない。

見物の客がシィンと静かになって様子を見守っている。

その澱んだ空気の中で、江理子は冷たい血の塊が背筋を這い上がって

くるような気がした。

「おらおら、しっかりせんかい」

堪りかねたように、客の一人がおどけた声をあげた。

「ウッ」

いきなり腕を伸ばして、シゲさんが女の髪の毛を掴むと力任せに

下腹にこすりつける。それに合わせて強引に腰を使うと、まるで

女の顔を股間に叩きつけているように見えた。

「ゲフッ、グッグッ」

演技ではない女のかすれた悲鳴である。

「えぇぞ、えぇぞっ」

パチパチとまばらな拍手が鳴った。暫くして手を放すと、女はグタッと

肩を落してうずくまる。だが男根はまだしっかりと立っていないようだ。

男が容赦なく女の痩せた乳房を蹴って、身体の向きを変えた。

頭を客の方に向けると、尻を上げ、顔を布団に突っ伏した形である。

髪の毛が乱れてサンバラになっていた。

腰骨を掴んでグイと持ち上げると、男は半立ちの道具を無造作に

尻の割れ目に当てた。

グン…、グン…、と腰を使って見せるのだが、おそらくはまだ

挿入されていない。その部分は、客の方からは陰になって

見えないのである。腰を突かれるたびに前のめりにズリ上がって、

布団からはみ出しそうになる。

そのとき、女が苦しそうに顔を上げた。

「あ…!」

ぞっとして、江理子は息を飲んだ。

表情に快感のカケラもない、感情を失って痴呆のような眼の色である。

いくら妾とはいえ、女の自分にこんなものを見せて楽しもうという

旦那の嘉助の目論見が恨めしかった。

だが、犬のようになった加奈という女の姿態から、江理子は視線を

放すことが出来ない。距離は1メートルちょっとくらいしか離れていなかった。

身動きも出来ず固まっていると、ころ合をみて、シゲさんが女の身体を

ひっくり返す。

大きく股を広げたまま、手足を曲げて天井を向いた女の顔は、

依然として何の表情もなかった。

気がつくと、いつのまにかシゲさんの股間が大きくなっている。

江理子にはそれが標準以上に巨大なものに見えた。

広げた股の間に膝をついて二・三度男根をしごくと、指を添え、

亀頭の先で肉の合わせ目をゆっくりとなぞり上げ、なぞりおろす。

見物人が一斉に身を乗り出す。

今度は自信があるのか、見えやすいように女の片足を担いで

横向きにすると、エビ反りになった身体の前面を客の視線に向けた。

道具の先端を穴の入り口に当てて、そのままぐいっと腰を入れる。

アッと思うまもなく、惨酷なほど見事に男根が根もと近くまで没入した。

「ハイッ大成功、横取りで入りましたッ」

司会役の男が素っ頓狂な声で叫ぶと、客の間から再びまばらな

拍手が起こった。

「これから加奈ちゃんがイクところを見せますからね、よぅく御覧なさいよ」

えッ、うそ…!

口に溜まった唾を嚥み込もうとしたとき、ギョッとして江理子は我に返った。

あぁぁッ、やめて…ッ

嘉助の腕が暗がりで無遠慮にスカートを捲って、太腿をこじ開けようとする。

江理子は思わずヒィッと息を引いた。

見物の眼が絡み合っているシロクロのほうに集中しているから良いが、

女ひとり、周囲は物好きな男たちのド真ん中である。

「どや、お前も感じているんやろ」

あたりに聞こえよがしに嘉助が言った。

や、や、止めて…

必死に身体をずらそうとするのだが、あまり動いて誰かが振り返ったら

お終いである。江理子は無言で全身を硬直させた。

布団の上では、馬乗りになった男がグサッグサッと音がしそうな勢いで、

大きな奴を抜き差ししていた。

凍りついたような視線で、江理子はそのとき意外なものを見た。

縋るところのない女の四肢が、宙に踊ってピリピリと痙攣している。

それは次第に激しくなって、ついにはビクンビクンと跳ねるような

動きになった。

あれは快感なのだろうか、女は本当にイキかけているのか…

そのとき、嘉助の指がとうとう江理子のクリトリスを捉えた。


(つづく) もどる