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七、家畜の訓練


惨酷な嘉助の要求に、江理子は、よろめくように膝を少し曲げた。

「イッてみい、立ったままでもイケるやろ」

飼い犬と同じだと言われ続けて、もう二年になる。その言葉が、

溶けた水飴のように全身に沁み渡って、何時の間にか羞恥心や

反抗心さえもが剥ぎ取られていった。

飼い主に命じられるままに性欲の玩具となって暮らすことが、

江理子にとって唯一の生きる道なのである。

「もっと良く見えるようにせんか、いつまで仕込まれれば出来るようになるんや」

「あ、あ、はい…」

「恥ずかしいなんて思ったらあかん。お前みたいなブタは、恥をさらせば

曝すだけ可愛く見えることが判らんか」

「わ、判って、います」

眼の裏を、先刻見てきた女の無惨な苦しみの表情がよぎる。

身体中の性欲を搾り取られて、それでもなお、見世物として強制的に

イカされていた加奈という女。

私もあの人と同じようになる…

「早ようせんかい。お前、眠っているのと違うんか」

俯いて覗き込むような姿勢で、江理子は機械的に指先をクリトリスの

上に置いた。とたんに、ピクリと内腿の筋肉が震える。

自分の身体なのだが、ここだけは何故か感覚が違うのである。

ハサミで虎刈りになった陰毛が、掌にザラザラと当たつた。指を曲げて、

粘り気の強い粘膜を圧し潰すように捏ねると、クリトリスがコロコロと

逃げるように動く。指が、自然にその感触を追った。

「う、うぅッ」

「そやそや、しっかりと気分を出さんかい」

まるで、監督が選手を叱るように、嘉助が言った。くわえ煙草で、

やれるだけやるのがお前の務めだといった感じである。

「もっと腰に力を入れんと、客の眼を楽しませることなんか出来へんで」

「は、はい」

「先刻の女の顔を見たやろ。あれが畜生の顔や。お前のは、まだ人間が残っとる」

「うぅむ…」

「裸になるだけなら誰にでも出来る。淫水を搾り出してイクところを

見ていただくのが、本当の露出狂ってもんや」

「は、羞かしい」

「バカを吐かせ。犬が人前でツルんで恥ずかしがるわけねぇだろ」

こともなげに言って、嘉助はふうっと煙草の煙を天井に吐いた。

「これは畜生の世界や。そんな気持ちが残っている間はまだまだやな」

ふふんと鼻の先で冷笑しながら、嘉助は再び視線を戻した。刺すように

股間を凝視されると、何故か自然に指の動きが速くなる。

「ふん、おめこの外側まで膨らましおって、そんなになってもまだイケんのかい」

「くッ、くう…ッ」

「穢ったねぇおめこや。まるで、腐った饅頭やな」

「も、もっと言って、もっと酷くしてェッ」

蔑まれ、嘲笑されることが、この場合恥ずかしさから逃れる唯一の道であった。

犬扱いされることが嫌なら、自分から犬になってしまうより他にないのだ。

「ヒック」

突然シャックリでもしたように腹筋が収縮して、江理子の上半身が

ガクガクと波を打った。

弾力のある肉の粒が恥骨と中指の間で躍るように動く。

「それ、もうひと息や。しっかりせぇ」

すかさず、嘉助が叱咤の鞭を入れた。

「あぅぅん、ヒック…!」

シャックリするたびに筋肉が自然に跳ねて、両膝を踏ん張って立って

いるのがやっとである。

「意気地のないメスやな。どうれ…」

タバコの火を灰皿に擦りつけると、嘉助が腕を伸ばして無造作に

乳首を摘んで手前に引いた。

「ぎゃッ」

前屈みになっていたところをいきなり引き寄せられ、アッと思うまもなく

指がクリトリスから離れて宙に浮いた。そのとたん、子宮の周囲に

集中していた全身の血が、カラッポになった頭の中に突然ゴボッと

大きな泡のように盛り上がってきた。

「イッ、イクゥッ」

「イクか、よぅしイッてみい」

「イクゥッ、クックク…」

バランスを崩して、そのまま嘉助のソフ ァにのめりこむ。

痺れるような感覚が脳髄に達する度に、全身がエビのように躍った。



八、畜生道


「あァァ、ヒッヒィッ」

嘉助が乳首を左右に振ると、鋭い痛みが身体の隅々にまで突き刺さる。

その痛みを和らげるために、顔をソファの背もたれに圧しつけ、

尻を高く上げて、反射的に両手で土手の肉を掴むと、江理子は夢中で

クリトリスを掻き毟った。何故こうなるのか判らないが、屈辱と極限の羞恥に

神経が麻痺して、噴き上げてくる溶岩は後から後から際限もなく、

身体中がドロドロに溶けて、江理子には、いま自分が何をやって

いるのかさえ判らなくなっていた。

「あひィ、いぃッ」

「ぶざまな格好やな。これもまぁ、家畜らしくて良いが」

パシィンと乳房に平手打ちを食らって、江理子は床に横転しながら

大きく股を広げた。

「あ、あッ、待って、も、もう少しで…」

「ふっふっ、醜いのう。腹の皮がダブついて揺れとるやんか」

スリッパで下腹部を踏みつけられて、江理子はゲッと咽喉で息を詰めた。

「ほれこうやると、タプンタプンとよう揺れるわ」

嘉助が面白そうに、スリッパの底で疎らな陰毛の生えた恥骨の上を

ガシガシと踏みつけながら言った。

「いっそのこと、ワンとでも啼いてみい」

「イ ッ、イキます、イク…」

切羽詰って、江理子は咽喉を絞るように呻き声をあげた。

「はっはっは、よう言った。面白いメスや、もっとイケ、もっとイカせ」


「あァイク、ま、また…」

釣り上げられた鰹のように、全身が硬直してビンビンと跳ねる。

その度に後頭部が床に当たって惨酷な音をたてた。

「イッちゃうッ、タ、助けて」

「ほう、これで三度目や。淫乱なメスやな」

ソファに腰掛けたままの嘉助が、膝を伸ばして容赦なく横腹を蹴る。

「ウゥゥムッ」

太腿のつけ根を自分で鷲掴みにして、江理子は嘉助の足元で反転した。

それは快感というより、異様な衝動に駆り立てられた動物的な錯乱であった。

「そんなに快いのんか、えぇっ」

「は、はいッ、いい、いィッ」

「このおめこメスが、醜態を曝しおって」

「あぁぁ、旦那さま…ッ」

関節の蝶番が外れたように、身体中の力がガクッと抜けた。

ハッハッと肩で息をしながら、江理子は失神したように動かなくなった。

ようやく発作が鎮まりかけて、グッタリと伸びた女を見下ろしながら、

嘉助が蔑むように口を開いた。

「それだけ贅沢にイケばまぁ良かろう。どうや、満足したか」

「………」

虚ろに瞼をあけて、江理子は焦点のない視線で、ぼんやりと嘉助 を

見上げた。スリッパの先で横腹を蹴られるたびに、まだヒクヒクと

痙攣するのを停めることが出来ない。

「恥知らずな女や。飼い主の前でイキ狂う姿を曝しおって、

よう恥ずかしくないのう」

「ハ、恥かしい…、ヒック」

「嘘をつけ、何やこのザマは、こういうのを畜生と言うんや」

「あぁあ…ッ」

とたんに全身がまた熱くなって、江理子はビクンと腰を跳ねた。

どんなに罵っても嘲けられても、反抗することが出来ない。それどころか、

恥かしさがいつの間にか一種の陶酔に変って、江理子は奇妙な恍惚状態に

陥っていた。いつ頃からこうした変化が起こり始めたのか、本当のところは

自分でも理解することが出来ない。あるいは、生まれながら備わっている

資質だったかも知れないのである。

「こいつ、いつまでもヨガっていないで、家畜なら家畜らしく、

ちんぼでも舐めんか」

嘉助の声を聞いて、ようやくノロノロと身体を起こして足元ににじり寄る。

腰の蝶番にまだ力が入らなかった。

剥き出しのまま天井を向いた嘉助の腹は、毛深くて、熊のような太短い

体毛がザラザラと臍の方まで生え上がっていた。薄黒い淫袋が広げた

股の間に蟠り、その上にドス赤く変色した肉棒がダラリと垂れ下がって、

先端 に透明な液を滲ませている。その液を舌で掬い取るように、

江理子は首を伸ばして股間に顔を寄せた。

「ふふふ美味いか。あれだけイッた後じゃ、さぞかし美味かろう」

口に含んだ感触は、ヌラヌラとして固さは感じられない。

海鼠を噛んだような生臭い味が舌の根に広がって、江理子は

軽く眉を顰めた。



九、舐め女


年令のせいもあるが、嘉助のインポテンツは、戦争でどこか

怪我をした時のショックだということであった。肉体的には、

男根が直立することはほとんどないのだが、そのぶん、

性欲は淫靡で冷酷な惨忍さを増している。闇市で行き倒れ

同然になっていた女を拾って妾にしているのもその為であった。

言わば江理子は、嘉助の異常な性欲を排泄するための

道具なのである。当時、浅草の裏町で盛んだったシロクロと

呼ばれるセックスショーに連れて行かれて、男と女のナマナマしい

交合の現場を目撃したり、ビデオがなかった時代、高価な8ミリの

猥褻映画を見せられたりして、その後に来るのは、決まって

口と舌での際限もない奉仕だった。

まだ五十代だから、性欲は人一倍旺盛である。それでも嘉助の男根が

勃起することはなかった。

初めのうちは死ぬほど辛かった勤めにも次第に馴れて、今で は

自分でもこの人の家畜なのだと思えるようになった。

こうして、やがて2年が過ぎようとしていた。今年、三十六才である。

何時の間にか尻の肉が厚くなり、腹の弛みが目立つようになると、

不思議に性欲が強くなる。妾とは言っても、肉体的な繋がりは

全く経験していないだけに、欲望のハケ口がなかった。

柔らかい肉の塊りを咥えさせたまま嘉助が眠ってしまうと、

たまらなくなって密かに自分をまさぐることが多くなった。

そうでもしなければ、玩具になった後の疼きがとまらないのである。

たまたまそれを発見されてしまったのが、今から2ヶ月ほど前のことだ。

いつもならトイレの中か、ひとりで風呂に入ったとき、自分で触って

束の間の快感を味わうだけで慰めていたのだったが、その日は

嘉助の玩弄がいつになく執拗だった。指を2本使って穴の奥深く抉られ、

濡れた指を肛門に突き刺されて、表と裏から強引に捏ねまわす。

その衝撃に耐えかねて、江理子は何回も悲鳴を上げた。

小1時間も弄ばれて絶頂に達することが出来ず、指を抜かれた後も、

肛門にムズ痒い痺れが残って感覚が鎮まる気配がなかった。

ウトウトと眠りかけている嘉助の男根を咥えたまま、江理子はそっと

股間に手を伸ばし た。

男の乱暴な嬲りかたと違って、要点を知った女の指がクリトリスを

揉むように圧し、二・三度前後にしごくと快感がたちまち上昇する。

イッてはいけない、我慢しなければと思いながら、快感の誘惑に

耐えかねて、指の動きが次第に速くなった。

「さっきから、コソコソと何をやっているんだ」

そのとき、眠っていると思っていた嘉助の低い陰湿な声が聞こえた。

ハッとして我に返えると、いきなり肩口を足蹴にされて、

江理子はとっさに男の下腹部にしがみつく。

「マス掻いていやがったな、この野郎」

慌てて肉塊を咥えなおそうとしたが、もう遅かった。

顔を下から跳ね上げるように、嘉助が上半身を起こした。

「さんざんヨガリ声を上げおって、それでもまだ不足だと言うのかっ」

髪の毛を掴んで顔を捩じ上げると、いきなりバシィッと激しい

平手打ちが来た。

「ひぇッ」

「この淫乱、そんなに男が欲しいか」

「わ、わたし何も…」

「嘘をつけっ」

もう一度ビシッと頬を張られて、それからネチネチと陰湿な

虐めが始まった。

「そこで濡れた股ぐらを広げてみろ」

仰向けに立てて開いた膝の間に顔を突っ込んで、いくところを

見せろと強制する。充血したクリトリスが、今にも爆発しそうになると

指を離 せと快感を遮断する。

役に立たない道具を持った男の陰湿な嫉妬である。

感覚の頂点と谷底を何回も往復させられて、江理子は身体中の神経が

狂ったようになった。

「そうか、良いことをさせてやろう」

そのとき、ふと思いついたように嘉助が言った。

「儂の目の前で、男とツルんでイクところを見せてみい。いや、

男は許さん。女どうしの同性愛や」

嘉助が何を考えているのか、考える余裕もなかったのだが、

承知するしないの問題ではなかった。

そして今日、連れて行かれたのが浅草の裏町にあるセックスショーの

見世物である。多勢の客の前で晒し者になっていた加奈という女を

貸切りたいと言っていた嘉助の言葉を、江理子は鳥肌が立つような

気持ちで思い出した。




(つづく)もどる