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十三、阿鼻の葬式

大火のあとのならいで、明け方になると、突然激しい雨が降ってきた。

煤と油煙が混ざってドス黒く汚れた雨である。季節は夏の盛りなのだが、何一つ

身につけることが出来なかった志乃は、濡れた地面に裸で横になったまま、降りしきる

水滴に打たれてガタガタと震えていた。

それがまた、いっそう腹の痛みを増幅させる。

「ウゥム…、だ、誰か…ァ」

たまりかねて助けを呼んでみたが、誰一人、振り向くものもなかった。

狂ったように肉親の名を呼んで一晩中神社の森を彷徨いつづけている中年の女、

くの字に折れ曲がった足を抱えてのた打ち回ったあげく、やがて動かなくなってしまった

在郷軍人らしい男、頭髪が焼け、顔半分に火傷を負って、爛れた皮膚をぶら下げたまま、

か細い声で泣きつづけている男か女かもわからない子供。

気がつくと、先刻まで志乃の横に蹲っていた若い女が、いつのまにか近くの杉の木の

枝で首を縊っていた。ダラリと伸びて垂れ下がった足の爪先から、失禁して雨とは違った

薄紅色の雫がポタポタと滴っている。

戦争の惨禍をそのまま表現する事は不可能だが、あまりに酸鼻な情景に神経が

耐えられなかったのであろう。志乃はぼんやりと木の枝で揺れている伸びきった

女の姿態を見上げた。年は志乃よりも少し上、ようやくはたちになったばかりくらいの

娘である。

そのとき、前よりもさらに激しく、ギリギリと腹を捻じ潰されるような痛みがきた。

ドボドボッと何か水のようなものが洩れてきて、股の間が雨と汚泥でドロドロになった。

とたんに激しいいきみがきて、子宮の中から何かが降りてくるような気がする。

志乃はなりふり構わず脚を広げて、弓なりに背骨を反らすと、ウゥムッと異物を

搾り出すようにいきみをかけた。糞便も垂れ流しだが、そんなことに構っている

余裕もなかった。

穴の周辺が裂けるのか、全身が痺れるような痛みのなかで、太腿にヌルッとした

ナマ温かい感触があって、身体の奥から何かが抜けた。

「うぇ、うぇ、ェェ…ッ」

子供が出た…、と判ると、意味もなく、志乃はけもののように絶叫した。そのとき

志乃の頭にあったのは、自分を産むとき命と引き換えに死んでしまったと言う、

記憶にもない母親の面影である。

助かった、あたいは助かった…

出来ることなら、かあちゃんと代わってやりたいと志乃は思った。

自分が母で、いま両足の間に落ちて動かない肉の塊が自分だったら良かったのだ。

痛みはまだ続いていたが、そのとき、志乃の感覚に異様な変化が起きた。

ギクン…!

何の前触れもなく、腹筋が急激に収縮する。砂利と泥濘の上で、志乃の肉体が

大きく跳ねた。

痛みが下半身全体に広がって、止めようとするのだが止める事が出来ない。

無意識に下腹に手をやると、今まで固くしこっていた臍のまわりが柔らかくなっている。

ギク、ギク、ギク…ッ

寒さの震えと痙攣が同時にきて、志乃は夢中でわれめに指を入れた。

そこはヌラヌラと思いのほか温かく、まだ何か得体の知れないものが奥のほうまで

繋がっている。紐のようなものを指先に絡めて力まかせに引くと、ブヨブヨとして

弾力のある熱い肉の塊りが、狭い扉を押し開けるようにドロッと下に落ちた。

それが胎盤であることも、志乃には判らなかった。まるで、胎内に長く巣食っていた

鬼の卵を産み落としたような感覚である。

それでも、背中でバネが弾けるような痙攣はまだ続いていた。

腰骨が割れて潰れたように痛い。

虚ろな視線を上げると、すぐ斜め上に、靴が脱げて裸足になった女の足が

ぶら下がって、爪先から血とも汚物ともつかない液体がポタポタと滴っていた。

木の枝で首をくくった娘を助け降ろそうとするものもいないのである。

力の抜けた身体を無理にねじって、志乃は必死で娘の足首に手を伸ばした。

考えてやったわけではない、ようやく片手で足首を掴むと、もう一方の腕を伸ばし

上半身を起こして、ふくらはぎのあたりにしがみつく。

二度、三度、志乃は全身の重みをかけてぶら下がっている屍体を揺すった。

わさわさと木の枝が揺れる。

しばらく続けていると、吊っていた縄が切れたのか、木の枝が折れたのか、

突然屍体が宙に浮いて、次の瞬間ズシィン、グシャッと重量感のある

娘の身体が降ってきた。頭が剥き出しになった木の根に当たって、ゴトンと

鈍い音をたてる。志乃は夢中で仰向けになった娘の胸に這い寄っていった。

死んだ娘を楽にしてやろうというのではなかった。志乃が欲しかったのは、

この娘が身につけている衣類である。

裸だからというのではなく、股の間にまだ引きずっている血と肉の塊を

始末するためには、どうしても何か布のようなものが必要であった。

志乃は、震える指先に力を入れて、屍体が着ているブラウスのボタンを

外し、身体を裏返しにして袖口から腕を抜き取ろうとした。

屍体はまだ柔らかく、不自然な形に腕を曲げてブラウスを引っ張ると、

関節が外れたのかグキッと異様な音がした。

ごめんね、ごめんね、痛かった…?

うわごとのようにつぶやく。

だが、これしか方法はないのだ。夏なので着のみ着のままで逃げてきたのか、

下には薄いシミーズ一枚だけ、屍体はブラジャーもつけていない。

泥まみれになったブラウスを構わず身につけると、志乃は迷わずシミーズに

手をかけた。雨の中、泥濘に横たわった屍体からシミーズを剥ぎ取ることは

容易なわざではなかった。

ズボンより脱がせにくいモンペを下ろし、薄い布地を無理やり引っ張って

足もとからシミーズを抜く。ようやく手に入れた布切れを使って、志乃は自分の

股間にわだかまっている肉の塊を包むと、それを抱き上げるように手前に引いた。

ビリビリと身体の奥が痺れるような感覚の中で、子宮の内容物が外に出たことを

感じる。手に持った布の表面に、みるみるうちに真っ赤な鮮血が滲み出して

くるのを見ると、志乃はすうっと気が遠くなっていくような気がした。

衣服を剥ぎ取ったばかりの屍体に朦朧とした視線を向けると、夜目にも白い肌が

奇妙な形に曲がって横たわっている。もちろんピクリとも動かないのだが、

盛りあがった乳房やくびれた腰が、まるで蝋細工の人形のように見えた。

生きていれば、きっとこれからいっぱい男の人に抱かれて楽しんでもらえる

筈だったのに、可哀想…

何を思ったのか、志乃は血だらけになったシミーズの包みを屍体の横に置くと、

最後に残っているズロースに手をかけた。

重い尻の肉をやっとのことで浮かしてズロースをズリ下げると、毛深くて

艶のある陰毛が露出する。ズロースはぶら下がってときに漏らした汚物と

薄赤い血に染まって汚れていたが、産み落とした肉の塊りを詰め込むには

十分な大きさがあった。シミーズごと押し込むと、どうやら持ち運びすることが

出来そうである。

よろめきながら、志乃は屍体からもらったモンペを穿き、素肌にブラウスを

着て立ちあがった。ズロースに包んだ胎児をしっかりと両腕に抱えると、

陰毛までムキ出しになった屍体を置き去りに、愴浪として境内の外に出た。

雨が降ったので、火の手はやや下火になったようだが、まだ街中が

燃えていた。あちこちに焼け崩れた家の残骸がうずたかく積もり、

メラメラとオレンジ色の炎を上げている。

この火の中に、いったいどれほどの人が燃えているのか、あたりに異様な

臭気が立ち込めていたが、すべての感情を失ったように、志乃は業火の街に

さまよい出ていった。

お多福楼に続く道がどれなのか見当もつかない。股間からは、まだジトジトと

血が滴っていた。それがモンペにこびりついて、ひどく歩きにくかったが、

首を括って死んでしまうよりはましなのである。

それらしい角を曲がると、見覚えのある電柱の看板が斜めになって倒れかけていた。

ここだ…

確かにお多福楼の跡には違いない。僅かの間だったが、志乃が女郎として

訓練を受け、女の肉体に持った道具で見知らぬ客の慰みものになることに

専念していた場所なのである。

だがそこは瓦が崩れ、梁が重なり合った巨大な焼け棒っくいの山になっていた。

下のほうではまだ火が燃えているらしく、チロチロと悪魔の舌が這いまわって

いるように見えた。

裸足なので、うっかりして火のついた材木を踏むと火傷する。志乃は注意深く、

熱を持った瓦礫を避けて炎のほうに近寄っていった。

頬が火照るくらいのところまで来ると、志乃は屍体のズロースで包んだ荷物を

抱きしめるように、かかえていた腕にギュッと力を入れた。

サヨナラ…

ズロースの中で胎盤と一緒になっている未熟な胎児に、初めて声をかける。

どんな形をしていたのか、顔も見られなかった物体である。

志乃は全身の力をこめて、炎をめがけて屍体のズロースをほうった。

バサッとかすかな音がして、小さな火の粉が舞いあがる。

もう一度、産まれなおしてきな…

その場にしゃがみこんで、志乃は掌を合わせた。涙は出てこなかったが、

いつまでも立ち去る気持ちになれなかった。

戦争の阿鼻の地獄で、志乃がたった一人でいとなんだ葬式である。



十四、老獣の小屋


だが、地獄はまだ終ったわけではなかった。

焼け跡には、焼夷弾の油と火事場独特のキナ臭い匂いが充満している。

その中に、ときどき人間が焼ける匂いなのか、腐ったような異様な臭気が

鼻をついた。

長い間、炎の前にうずくまっていたが、夜が明けてあたりが明るくなると、

志乃は愴踉と立ちあがった。

せっかく馴染んだお多福楼が焼け落ち、おとうさんの太助の行方も不明である。

おそらく業火のなかで焼け死んでしまったのだろうと思うが、それを哀しんでいる

余裕もなかった。

志乃は、まだ少しよろめく足を自分で励まして、海と思われるほうに向かって

とぼとぼと歩き始めた。

とにかく、海に向かって歩こう…

下腹は相変わらずジクジクと病んだし、血も止まっていない。拭きたくても

紙も一枚の布着れも手に入らないのだ。着ているものといえば、立ち木で

首を吊った若い娘の屍体から剥ぎ取ったブラウスとモンペがすべてである。

これからどうすれば良いのか、考えられる唯一の方法は、生まれ故郷の漁村に

戻ることであった。

部落に帰れば、雄ちゃんに会える…

それだけが心の支えだった。

あそこなら、まさか空襲で焼けてはいないだろう…

だが、どうやったらたどり着くことが出来るのか。距離にして、汽車で3時間は

かかる道のりである。どっちに向かって歩いたら良いのか、方向さえ定かでは

なかった。だが漁師の部落である以上、海岸線をたどって行けば何とか

帰りつくことが出来る筈であった。

焼け跡に立ちこめる煙と異様な臭気の中を小一時間も歩くと、ようやくかすかな

海の気配が感じられるようになった。志乃のふるさとの匂いである。

肌がそれを感じると、志乃は夢中になって歩いた。

長い畑の道が終り、松林を抜けると、眼前にこれまでとはまったく違った風景が

広がる。

海だ…!

広い広い水平線の向こうに、父の辰蔵が笑いながら招いているような気がして、

志乃は無意識に両手を広げた。

浜辺には命からがら逃げてきた人たちがゴロゴロと横たわっている姿があったが、

屍骸なのか生きているのかも判然としない。だが、魔鳥のようなB−29の

黒い翼の影はどこにもなかった。恐怖の焼夷弾の雨の中を助かったのだという

実感がこみ上げてきた。

あとはただ、部落があると思われる方向を目指して、ひたすらに歩く。

途中、人の姿が絶えたところで裸になり、海に入って股間と血がこびり付いた

もんぺを洗った。

季節は真夏である。

それでなかったら、日本海から吹きつける氷の刃のような烈風に刺されて

凍死しなければならなかった。

それでもすぐに昼になり、やがて日が傾きはじめる。そのころから、志乃は

猛烈な空腹に襲われるようになった。

昨日から、食うものはひとかけらも口に入れていない。

砂浜を掘っても、貝が埋まっているような海岸ではないことは判っていた。

どこかに流れついた海藻でもないかと探してみたが、落ちているのは塵埃や

腐った板切ればかリである。荒涼とした砂浜がどこまでも続いて、やがてあたりが

暗くなると、それさえも判別することが出来なくなった。

堪りかねて、志乃は波打ち際で砂の混じった海水を何杯も飲んだ。

目の前に、黒々とした岩肌を露出した岬が突き出して行方を遮っている。

ふるさとの部落にたどり着くには、こうした岬や海岸の岩場を何箇所も

通り越さなければならないと思うと、志乃は足が竦んだ。このままでは

餓死するか、衰弱して行き倒れになるかどちらかである。

内股に手を入れてみると、穴からはまだ血が滲み出しているようであった。

はやる心に任せて一日中歩きつづけたおかげで、身体がバラバラになりそうに

疲れきっている。

そのとき、志乃は岬の向こう側にかすかなともし火が瞬いているのを見つけた。

灯りはひとつだけ、どこかの漁師小屋なのであろうか、海が暗くなって、空襲には

縁のない海岸に取り残されたような人の匂いである。

あそこまで行けば、誰か住んでいて食べ物を貰えるかもしれない…

気を取りなおして、志乃はよろめきながら歩きつづけた。

近くに見えるとは言っても、岬までそれからまだ歩いて10分もあった。

砂浜が終り、濡れた岩がゴロゴロしている波打ち際の岩場を這うように歩く。

貼りついた貝の破片で、何箇所も足を切った。

ようやく岬を越えると、ふたたび砂浜である。歩いても歩いても、灯火は

志乃をあざ笑って反対に遠ざかって行くようにさえ見えた。

もうすぐだ、もう少し…

ときどき、フッと意識が遠くなるような気がする。

必死に自分を励ましながら灯りの家にたどり着くまで、それからまた

一時間以上かかった。

声を出す余力もなく、傾いた板戸にしがみつく。両手をかけて力まかせに

引くと、ガタ・ゴトと板戸が鳴った。

目の前の土間に、囲炉裏のような火が燃えている。町で見た焼け跡の火とは

まるで違う、あたたかな色であった。

人がいるのかいないのか見当もつかなかったが、志乃はつんのめるように

家の中に倒れこんだ。

「おぉっ何だ、わりゃあ…」

とたんにビックリしたような、しわがれた声が聞こえた。潮の香り含んだ

懐かしい漁師の声である。顔を上げると、土間につづく仕切りのない

板の間にゴザを敷いて、男が3人かたまっている。電気も引いてないのか、

天井から下がったランプがほの暗くあたりを照らし出していた。

この小さな灯りが、岬の向こうから志乃を誘ってくれたのである。

「何か盗みに来たか、ここにゃあ何もねぇぞ」

「た、助けて…、お願いだから…」

「何だと、わりゃあ女か? その恰好はなんだ」

3人とも戦争に取られていない、かなり年のいった老人のようだが、

背中を向けていた男が振り返って面白そうに言った。

「犬じゃなかったのかい。近ごろはこんなところでも物騒だでの」

「き、きのう、空襲で…」

「おう、東の空が真っ赤になっていたが、あれでやられたんか」

「どれ…」

もう一人の男が立ちあがって、バサバサになった志乃の髪の毛を掴んだ。

「ふむ、ほんまに女じゃ、焼き場の匂いがする。めっずらしいことが

あるもんじゃのう」

「こりゃ盗っ人じゃねぇぞ。女じゃあ助けてやらにゃなんめぇ」

「このご時世に、えらいところに迷い込んできたもんだな」

髪の毛を掴んでいた男が、志乃の顔を確かめるように囲炉裏のほうに

向けた。

「若けぇ女だ。こいつぁご馳走だぞ」

当時このあたりでは、女と見れば売春させ、ときとして強姦することも

日常的な習慣になっていた。ほとんど身動きすることも出来なくなっている

志乃を見て、男たちが眼の色を変えたのも無理からぬことであった。

年はみな60才を越えていようが、海で鍛えた肉体には、まだタップリと

性欲が残っている。

「この娘、死にかけているんじゃねぇのか。何も食っていねぇんだろう」

髪の毛を掴んだ男が、志乃の顔を覗きこみながら言った。

「食うもの分けてやれ。死んじまったんじゃ役に立たねぇ」

男たちが囲んでいたのは、鍋に一杯の烏賊の煮付けと、白く濁った

精液のようなドブロクであった。

「米の飯なんかねぇぞ。そのかわりこんなもんならいくらでもあるから、

食いたいだけ食いな」

土間に蹲っている志乃の前に、どんぶりに山盛りの烏賊の煮付けを

置くと、男の一人が自分が持っていた箸をほうってくれた。

「嬉しいよ、有難うございます」

着ているものか無残に汚れて身体中砂だらけなので、板の間に上げて

貰えないのは仕方がなかった。土間におでこをこすりつけ、志乃は

夢中で烏賊の胴体を手掴みで口に入れた。

ゴムのように締った歯ざわりがなんともこころよい。

「姐ちゃん、これからどこサ行くんだ」

志乃が産まれ故郷の部落の名前を言うと、男は知っているらしく

ふうんと頷いて見せたが、すぐ言葉の調子を変えて言った。

「遠いな、歩いたら一日じゃ着かんぞ」

「どっちにしたって、今夜は泊めてやらねばなんめぇ」

「宿賃は持っておるんか、部落が違えば義理もあるでよ」

「この姿で、銭があるわけねぇだろう。慈悲をかけてやれ」

「ふん、食うだけ食わせて身体で払わせてやるか」

「どうだの、姐ちゃん、それでも良いんかい」

くちぐちに話しかけてくる言葉を上の空で聞きながら、烏賊のかたまりを

ゴクリと嚥みこんで頷く。

「そうか、それで決まった。朝までここにおるがええ」

初老の男が、どんぶりになみなみと注いだドブロクを志乃の口もとに

突きつけながら言った。

「呑みな、身体があったまって精がつくでよ」

白く濁った液体を流し込まれて、志乃は前後の見境もなく生まれて初めての

ドブロクを飲んだ。

父の辰蔵が、志乃を犯す前によく飲んでいた酒である。微かな甘味と強烈な

酸っぱい味がした。

「ふう…ッ、も、もういらない」

「何じゃ、弱いのう。もう一杯呑め」

「うっぷ、げほげほ…ッ」

胃袋がキュゥッと鳴り、全身の血が頭に上って行くような気がする。

無理やり呑まされた三杯のドブロクで、たちまち全身が真っ赤になった。

「よしよし、これで身体を洗って来な。このざまじゃおそそも臭くなっとるじゃろ」

大きな薬缶に沸かしたお湯を渡してくれたが、立ちあがろうとしても、腰が

抜けたようになって持ち上げる事が出来ない。

「わっはっは、酔ったのかい。どれ手伝ってやろう」

男のゴツい手が腋から乳房の上を抱えて、よっこらしょと引き起こす。

膝に力が入らずフラフラしているのを、男か二人がかりで上着とモンペを

脱がせると、土間の隅にある五右衛門風呂の釜の中に抛りこんで

頭からザァッとお湯を浴びせた。

「おい、姐ちゃんは月経だな。モンペに血がついとる」

「そんなん構わへんやろ。月経なら孕まねぇから、ちょうど良い」

「可哀想だが、命を助けてやったお礼だ。そのくらい仕方あんめぇ」

海でしとめた魚を洗うように、釜の中で捏ねまわされながら、志乃は

朦朧とした意識の底で男たちの会話を聞いた。


<つづく>




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