芝園館奇譚(1)





一、 焼け跡の映画館にて


終戦後二年目の春、東京には、まだ一面の焼け野原が広がっていた。

そのころ郷里から上京した私は、つてを頼って新橋からほど近い芝園館という

映画館の3階に住み込んで大学に通うことになつた。

いわば、戦後の第一期生である。

今は思い出す人とていないが、芝園館といえば、昭和の初期には皇族貴族が

足繁く通って西洋の名画を鑑賞した、都内でも指折りの映画館だった。

奇跡的に焼け残って、戦後復興した数少ない映画劇場のひとつである。

毎日、どこからともなく男や女の観客が集まってくる。内側からそれを

眺めていると、ちょうど甘い餌に誘われてくる蟻の群れのように見えた。

日本中が貧しかったが、それでも映画は娯楽の王様であった。

おかげで私は、一週間に三十回も同じ映画を見ることが出来たわけだが、

もうひとつ、私には誰にも知られることのない秘かな楽しみがあった。

つまり、ここでは女たちが何の見境いもなく、手当たり次第に釣れたのである。

最近の映画館では、女はほとんどカップルになっているし、第一明るくて

痴漢にとっては手も足も出ない環境が整っているが、当時の映画館は

周囲は真っ暗、人間が肩を擦りあわせるように混み合っていた。

いま思えば文字どうり痴漢天国である。

それでも女たちは、ロマンチックな刺激を求めてどこからともなく集まってくる。

映画館は娯楽の殿堂であると同時に、当時流行のファッションの発信地

でもあった。ベルが鳴り終ると、館内は隣の顔も見えないくらいに暗くなる。

そのとき素早く人混みを掻き分けて、目星をつけておいた女の横に

割り込んでしまうのがコツであった。

あとはこちらの腕次第、時間は映画が終るまで、タップリと一時間以上ある。

後ろからパーマネントの髪の毛に顔を寄せると、襟元から汗ばんで

甘酸っぱい女の体臭が立ち昇ってくる。

香水などつけている時代ではないから、これがまた、若かった私には

この上なく扇情的な刺激になった。映画を観ながら深呼吸のふりをして、

耳の穴にフウッと息を吹き込んでやると、敏感な女はそれだけで

ビクッと身体を震わせたりもする。

その微妙に動物的な感触がたまらなかった。

腰のくびれに腕をまわして引き寄せても、ほとんどの女が身体を固くして

黙っていた。セックスは解放されたが、シロウトと商売女の区別が

はっきりしていて、戦争で男を奪われた女たちが、身体中に溜まった性欲を

もてあましていたと言っても良い。

いわば、まだ男に対する免疫を持っていないのである。

食に飢え、恋に飢えた女たちは、手を出せばいとも簡単に引っかかってきた。

その日私が狙ったのは、30代を少し過ぎた感じの背の低い地味な

タイプである。じっさい、一目でそれと分かる水商売の女より、こうした

目立たないタイプのほうが成功率が高かった。

後ろから貼りついて探ってみると、薄いコートの下はフレアの多い安手の

スカートで、その下にパンティと言うよりズロースに近い綿の下穿きを

つけている。

指の触感で太腿を締めているゴムの様子まで判った。

この程度の防備なら、痴漢にとってはないのも同じである。かまわず身体を

圧しつけてゆくと、女は客席の最後尾にある太い鉄柵にしがみつくようにして、

ウゥゥ…、と微かな呻き声をあげた。

気がついていることはとっくに気がついているのだが、恐怖と期待と羞かしさで

身動きすることが出来ないのである。

発情しているのとも違う。

これは今どきのギャルには見られない、戦争中に育った女が持っている

特異な一面であろう。

こうなればもう遠慮することはない。下手にためらっていると反対に

逃がしてしまうのである。私は強引にウェストを抱え込むようにして、

女の上着とスカートの間に腕を入れた。

うまい具合に、女はシュミーズをつけていなかった。重なった肌着とスカートの

ベルトの間に指を割り込ませていくと、鳩尾あたりの軟らかい肉がヒクヒクと

震えて、ナマ温かい感触が伝わってくる。

人混みの中で立ったまま、名前も知らない女の素肌を侵す。

これ以上新鮮な感触はなかった。快感というより、狙った獲物を首尾よく

捕らえたときの独特の歓びである。

「?」

そのとき私は思いがけなく、すぐ横にもう一人女が立っていることに気づいた。

黒のスーツを着て、痩せたOL風の女である。



二、獲物の感触


隣りで私たちがやっていることに、女はまだ気がついていない。

鉄柵に掴まって背伸びしながら、無心にスクリーンを見つめている様子だった。

こいつは面白い。

観客の比率は女が一割程度で、場内には同類の痴漢も多いのに、

無傷の獲物がすぐ側に来ていることが分かると、私はゾクゾクと嬉しくなった。

手を伸ばせば、簡単に女の股間に届く範囲である。

またとないチャンスなのだが、最初の女を抱きすくめているので、これでは

両手の自由がきかない。とっさに私は足を曲げて、膝を女の股の間に

割り込ませてみた。

「エッ」

女はびっくりしたように振り向いたが、何食わぬ顔で膝小僧を使って

内腿をえぐると、あわてて身体をずらそうとする。

「待てよ、じっとしていな!」

小声で耳もとに息を吹き込んでやると、女はビクンと硬直して、そのまま

動かなくなった。だが、これは失敗であった。

声を出したので、抱いていたほうの女が気づいて急に態度を変えた。

腰をくねらせ、肘を張って、せっかくゴムの中に潜り込もうとしていた手を

振りほどこうとする。それまでは応じる様子を見せていたのに、他の女に

手を出していることが判ったとたん理性が戻ったのであろう。

とは言え、ここで逃がしてしまったのでは元も子もないのだ。

スカートを掴んで引き戻すと、私は容赦なくベルトの止め金とファスナーの

ホックを外した。ふつう痴漢は裾から手を入れてパンティの奥を探るものだが、

これだと垂れてくる布地が邪魔になって思うようにならない。

ベルトを緩めて上から腕を差し込んだほうが動作が楽なのである。

女はしきりに身を捩って避けようとするのだが、痴漢されていることを

周囲の観客に気づかれるのが恥ずかしくて、声を出す勇気がない

ようであった。

弛んだスカートがズリ落ちそうになるので、それを抑えるのが精一杯である。

腹の膨らみを伝って手首を曲げると、綿布地のズロースの上から、ちょうど

三角地帯の窪みに指が届く。

掻きあげるようにすると、ジャリジャリとかなり濃い目の陰毛の感触があった。

そこで気がついたことだが、ワレメの肉に当ったズロースの布地が湿って

ニュルニュルと動くのである。

こいつ、相当洩らしているな。

興奮したというより、やはりスリルと緊張のせいなのであろう。それでも指が

コリコリとクリトリスに当ると、女はその度にヒクヒクと筋肉が微妙な反応を示した。

書けば簡単なようだが、こうなるまで映画が始まってから30分以上が

経過していた。

現代の劇場に比べて三分の一くらいしかないスクリーンに、モノクロの

フランス映画の陽気なラブストーリーが進行している。観客の目が

そちらに釘付けになっているので、私はズボンのファスナーを外すと

行き場を失っている男根を掴み出した。後ろからハメることは出来ないかと

思ったのだがこれは無理であった。

第一、ひしめき合っている人混みの中で、尻を突き出したポーズを取らせる

ことが出来ないのである。

しようがねぇな、

ズロースの上から触っていた指を、ゴムの間を押し分けて直接素肌に差し込む。

陰毛を握って肉の合せ目を抉ると、ちょうど生魚の腹を掻き回しているような

感じである。

「うッ、ヒッ」

女はほとんど抵抗力を失っていたが、堪り兼ねたように短く咽喉を鳴らした。

「おとなしくしてろよ。騒ぐとバレるぜ」

「くゥゥゥ」

立ち見席の最前列で鉄柵に圧しつけているので周囲には気づかれて

いないようだが、女はもう耐えられる限界に来ているようだ。

こちらもすっかり興奮して、ハメずにはいられないといったところまで

昂ぶっていた。こうなったらトイレにでも引きずり込んで犯してやろうと

思ったときであった。

「ん?」

いきなり露出したままの男根を握られて、私は我にかえった。

こうした映画館にはよくおカマの痴漢がいて、時々ちょっかいを

出してくることがあったが、これは間違いなく繊細な女の指先である。

それまでは捕えた獲物に夢中になっていたのだったが、先刻膝小僧で

内股を擦ってやった隣りの女であることはすぐに分かった。

なんだ、興奮しているのか?

横顔を透かしてみると、無表情にスクリーンを凝視したまま、男根を握って

さりげなく自分のほうに引き寄せようとする。



三、暗闇の淫楽席


「その人やめて、私をやって」

それほど発情しているようには見えないのだが、おそらく、先刻からの

一部始終を感じ取っていたのであろう。

女の指の動きから、そんなメッセージが伝わってきた。

女のほうからその気になってくるなど得難いチャンスなのだが、

折角ギリギリのところまで追い込んだ獲物を捨てて乗り換えるのも惜しい。

迷っていると、握った指を軽く締められた拍子に、ピクンと男根が跳ねた。

よし、二人とも犯ったれ!

ズロースから無造作に腕を抜くと、逃がさないように脇を抱えて耳もとで囁く。

「出るぜ、一緒に来い」

ベルトを外されてよろめきそうになる女を先に立て、男根を握っていた

女の手首を掴んでスシ詰めの観客を肩で押し分けながら扉の外に出る。

人いきれから解放されると、外の空気が深呼吸したくなるほど美味しかった。

「そっちだ。階段を上がれ」

エッという感じで女が振りかえった。

そのとき初めてまともに顔を見たのだったが、30才を過ぎて眉が濃い。

いかにも男好きのする人妻風である。

私が別の女の手を引いているのを見ると、ギョッとして怯えた表情を浮かべた。

「早く行け、人が来るぞ」

洋服が乱れ、スカートがズリ落ちている。こちらもズボンの前が開け放しで、

いくら何でも他人に見られてはまずいのである。

すぐ横に、三階の客席まで続いている階段がある。

突き飛ばすように急き立てながら、私は女の背中を追った。

だが二階の踊り場まで来ると、女はとうとう立ち止まってしまった。

「わ、わたし、帰る」

「馬鹿、てめえ此処で犯られてぇのか」

年上なので容赦することはなかった。いきなり上着に手をかけると、

女はヒイッと両手で胸を抱いた。

それだけで、気持ちが縮み上がってしまったらしい。イタズラされることが

判っていて、階段を追い上げられて行く女の後ろ姿は惨めというか

滑稽というか、そのときの奇妙な優越感といったらなかった。

客席の最上段に立つと、四角いスクリーンが菱形に歪んで見える。

さすがにここでは人影もまばらだった。

反対側の隅で、同性愛者らしい男が絡みあっていたが、それも影絵のように

霞んで見えるだけである。

「ここなら座れるぜ。映画でも観てな」

最後尾の椅子に腰を下ろしてブラウスのボタンを外していると、

扉が開いて黒いスーツの女が滑り込んできた。

こいつは何もしないのに黙って後をついてくる。いったいどういうつもりなのか、

奇妙な女である。

私を挟んで隣りに座った首筋を掴んで股間に押しつけると、女は抵抗もせず、

ズボンから飛び出している男根に唇を当てた。

だが肘掛けが邪魔になって、うまく身体を動かすことが出来ない。

はだけた乳房を弄びながらしばらくしゃぶらせてみたが、呼吸が

苦しくなるのか、女は時々ヒューッと大きく息を吸った。

「立て、ケツを向けな」

順番としては逆だが、ハメるならこっちの方が面白そうだ。

椅子の列が段々になっているので、前列の背もたれに身体を支えて

前かがみにすると、つんのめって今にも転げ落ちそうな姿勢になる。

シートを跳ね上げて出来た隙間に立ってパンティを下げると、微かに

甘く蒸れたような淫臭が漂ってきた。

両足の合せ目に唾液で濡れた男根を当ててひと思いに尻を引き寄せると、

グニュッと手応えがあって、いっぺんに半分以上、温かい肉の中に埋まった。

「うぅむ」

「待ってろ、いま気持ち良くしてやる」

腰を動かそうとするのだが、場所が狭いのと姿勢が不自然なので

思うように出来なかった。挿入の角度が違うので、ともすれば抜けそうになる。

横を見ると、胸をはだけて乳房を半分露出したまま、女が痴呆のような

顔でこちらを見上げていた。入れ方が窮屈なせいか、突然感覚が

昂ぶってきて、私はたちまち射精しそうになった。

二三度乱暴に腰を突上げると、尻を突き飛ばすように押して男根を抜く。

今にも脈動しそうになっているのを握って、身体を人妻風の女のほうに向けた。

「ぐぇぇ、ブフッ」

口に捻じ込む間もなく、あっけないほど簡単に最初の射精が始まって、

女は激しく咳き込んだ拍子に唇から多量の精液を噴いた。

「ちぇっ、汚しやがって」

早漏気味にイッてしまったことがいまいましく、私は先端から滴が垂れて

いるのを構わず女のスカートに手をかけた。


(未完)



もどるつづく