悪女繚乱






3・窓に映る淫火



一、夜の痴漢電車

中央線、夜のラッシュアワーといえば十時を回ってからである。

遠距離用の通勤快速が終りに近くなると、それまでどこで飲んでいたのか、

郊外にマイホームを持つサラリーマンがいっせいに押しかけて車内は

たちまちすし詰め状態となる。

その夜、加奈子はそんな電車の片隅に、酒臭い息に囲まれて身を固くしていた。

今日もまたご主人様に呼びつけられて、日暮里のホテルでさんざんイキまくった

あげくの気だるい身体だった。


いつもなら、加奈子が自分の車でご主人様の徹也をアパートまで送るのだが、

その日に限って夫の勝彦が車を使うというので、仕方なくご主人様と神田で別れて

帰宅の電車に乗った。

始発駅の東京の次の駅だが、車内はもう満員である。

次の御茶ノ水でまたドッと人の群れがなだれ込んできて、加奈子は身動きが

できなくなった。

ベルトで叩かれた背中と尻がホカホカと熱い。褌のように股縄を掛けられて

一時間近く締め上げられていたクリトリスが、ヂリヂリと快感の余韻を引いていた。


身体の中で疼いている神経がまだ収まりきっていない。満員の車内に充満している

酒気を帯びた男の体臭を全身で感じながら、加奈子は黙ってうつむいていた。


電車が走り出して、まだ一分も経っていない。そのとき、加奈子はフト腰の周りに

奇妙な気配を感じた。

痴漢だ…

指先でなぞるように、腰から尻の割れ目を撫で回す。それが火照った肉に敏感に

当たるのである。朝のラッシュより気持ちが開放されているせいか、痴漢の動きも

大胆になっているようであった。


加奈子が黙っていると、それほど長くないスカートの裾を手繰って、直接内腿に

触れようとする。


よして…、という意思表示に、腰をひねって身体をずらしてみたが、女が声を

あげたりしないことが判ると、痴漢の指の動きはいっそう大胆になった。

 いやよ、みっともないじゃない…

理性ではそう思うのだが、心のどこかで痴漢に手を出されている自分が嬉しかった。

男を知らない女学生のように恐怖で固まってしまうような年齢ではない。まして、

先刻まで旺盛な男の精気を吸って狂いまわってきた肉体である。

痴漢が眼をつけてくるというのは、それなりに女の匂いがしている証拠なのだし、

ご主人様といっても徹也より十才近く年上の加奈子にとっては、飽きられるのが一番怖い。

 私にも、まだこんな色気があるんだわ…

腫れ上がった尻たぶの肉を撫でられると、何故か加奈子は笑いがこみ上げてきた。

這い回る指の感触に任せていると、内腿から股の付け根まで来た痴漢の動きが

急に停まった。やがてある種の戸惑いを見せて、確かめるようにそのあたりを探る。

あ、いけない…

はっと思い当たって、加奈子は反射的にキュッと股を締めた。ご主人様に逢うときは

パンティを穿くことを許されていない。だから今でもそのままの状態である。

痴漢の指は、おそらくここまで来れば必ず触れる筈のパンティの感触を探して

迷っているのだった。

考えがそこまで進むと、加奈子は反対に開き直ったような気持ちになった。

いまさら騒いでみたって痴漢と一緒に自分も恥をかくだけだ。いっそのこと、

このまま遊ばせておいたほうが無難かもしれない…

電車はようやく新宿に近づいていた。

客の乗降が激しいので、駅に着くと加奈子は痴漢に押されて反対側のドアの横に

圧しつけられる形になった。

「ねぇ、どこまで行くの?」

電車が動き出すと、男が耳元に息を吹きかけるようにして言った。

「パンティ穿いてねぇじゃないか、どうかしたの?」

少しアルコールの匂いがしたが、感じではごく普通のサラリーマンである。

「………」

黙っていたが、加奈子の心にふと奇妙な衝動が起った。

ほんの少し腰を動かしてやると、男の手が前に伸びやすくなる。

しめた…、という感じで、後ろから臀部の割れ目を触っていた手が太腿を伝わって

前のほうに移動した。

とたんに、ギョッとして戸惑ったような痴漢の顔、触れたのは、ツルツルに陰毛を

剃り上げられた肉饅頭である。


無言で振り返って、男と視線が合うと、加奈子は色情に濡れた眼でニィッと笑った。



二、公園裏の冒険


三鷹で電車を降りて、男と女が肩を並べて歩いていた。

このあたりに気の利いたラブホなど、ある筈もない。あったとしても、加奈子は

亭主持ちで外泊は許されなかった。

何となくその気になって、一緒に電車を降りてしまったのだが、結末をどうつけたら

よいのか、二人とも具体的な計画があるわけではなかった。しかも、困ったことには、

いま歩いている道は駅から自宅へ向かう最短距離のコースなのである。

「ねぇ、どうするつもりなの」

「いや、僕は別に…」

「お住まいは、この近くなんですか」

「駅の反対側です」

 だったら早くそう言えば良いのに…

ご主人様に抱かれた後の気だるい身体は、ここまで来てわざわざ家から遠く離れる

気持ちになれなかった。無言で歩いていると、足は自然に我が家の方向に向いて

しまうのである。

このまま家まで着いてしまったらどうしよう…、と加奈子は焦った。

「君んちはアパートかマンションじゃないの?」

男はそれを当てにしているようであった。

「そんなこと駄目よ、私は母と一緒だから…」

すぐ前の道を曲がれば我が家である。いくらなんでも痴漢に自宅を教えるほど

馬鹿ではないが、旦那が待っているからとも言えなかった。加奈子はふと足を止めた。

「ねぇちょっと、こっちに来て…」

そこは、住宅街のせまい空き地を利用した児童公園である。昼間は子供をつれた

顔見知りの母親とよく会う場所だが、この時間になるとさすがに人影はなかった。

児童公園といってもブランコも滑り台もない、粗末なベンチと砂か土か判らない砂場が

あるきりで、奥の隅にポツンとひとつ公衆便所が立っていた。

「ここで良いでしょ。あたしが気をイカせてあげるから…」

「ちょっと待ってよ」

ためらうと言うよりたしなめるような調子で男が言った。

「人が来たらどうすんの。かえって丸見えじゃねぇか」

言われてみると、交差した道に面した空き地は四方から筒抜けで、身を隠す場所はなかった。

おまけに街灯が一基、ぼんやりと公園の砂地を照らしている。だが、他に方法がなかった。

加奈子は男の手をとって強引に公園の中に入った。出来るだけ隅のほうに行けば、

暗がりの陰になって通行人に気づかれることはないだろう。

「待ちな、こっちへ来いよ」

危ないことは承知の痴漢常習者である。覚悟を決めると男は急に大胆になった。

もつれあうように二人が目指したのは公衆トイレである。

電話ボックスより大きくてゴツイ感じのコンクリート造りで、内部はむき出しの

男性用がひとつ、鉄製のドアを開けると和式の女性用である。

「うわぁ、臭い」

ドアを開けたとたん、加奈子は悲鳴に近い声を上げた。

「いやよぅ、穢いわ。汚れている…」

便器にこびりついた独特の異臭が鼻を突いて、思わず噎せ返りそうになる。

これには男も閉口したようであった。

「ちぇっ、仕様がねぇ、外でやろう」

臭いから逃げるようにコンクリートの後ろに回ると、そこはさすがに街灯の照明からも

蔭になって、通行人に気づかれる心配はなさそうであった。

「君、スカートの中、見せてよ」

「見たいの? どうして…?」

「だってさ、毛が無かったじゃねぇか。何故なんだよ」

「ウフフ」

発情してくると人間が変ってしまうのが加奈子の体質である。ご主人様の徹也に

弄ばれるときと同じだった。

トイレの蔭にしゃがむと、男は短いスカートを両手で上げた。太くてタップリと

脂肪がのった腿の付け根が、薄明かりの中に浮かび上がる。そこにあるべき筈の

黒い繁みが見当たらないことを確認すると、男は溜め息を吐くように言った。

「凄んげぇなぁ、剃っているんだ」

「そんなに珍しい?」

「うん、初めて見たよ」

立ったまま、加奈子は軽く脚を広げた。

「舐めてもいいかい」

「いいわよ。早く、人が来ないうちに…」

頭髪を下から擦り上げるように、男の顎が股の間に割り込んで、加奈子はヨタヨタと

腰が崩れそうになった。


三、軒先の情事

身体を支えるところは、トイレの壁しかなかった。先刻からの不潔感で、加奈子はようやく

指三本触れるのがやっとである。

クリトリスが下についているのか、男がしきりと鼻で腰全体を持ち上げようとする。

向かい合って脚を開いているので、姿勢が不安定なことはこの上なかった。それでも

男の舌が粘膜の奥に触れるたびに、全身を刺すような快感が走った。

「あぁうむ、きッ気持ち良い…ッ」

股縄でまだ腫れているクリトリスに、ヂンヂンと響く。ご近所の誰かに見られたらという

不安と緊張が刺激を倍加していた。

「ねぇッ、も、もう我慢できない」

5分もしないうちに、加奈子は男の髪の毛を掴んで激しく左右に振った。

「あんた、ヤリたくないの? ねぇねぇ、私の中に入れてぇ」

「どうすんだよ、どうやってヤルんだ」

そのとき、いつの間にか近づいてきた勤め帰りらしい中年の男が、すぐ横の道を

通って行った。ギョッとして身体が固くなったが、さいわい気づかれなかったようだ。

やはりここは危険なのである。いくら痴漢でも、男はさすがに躊躇いを見せた。

「こっちへ来て、良いとこあるから…」

こうなると女のほうが積極的であった。加奈子にはもう前後の見境がなかった。

ここまで来て安全な場所と言えば、我が家しかないのだ。スカートが捲れて太腿が

剥き出しになっているのを構わず、加奈子は男の手を引いて歩いた。


公園を出て突き当りを右に曲がれば、すぐ眼の前が自宅なのである。

 あ…

家の前まで来て、加奈子は唇をかんだ。

 やっぱり帰っている…

玄関は暗かったが、奥の居間に灯が点いていた。車で出かけていった夫の勝彦が

もう戻っているのだ。

「ここ…、ここなら見えないわよ」

門柱の横の生垣に沿って、庭とも言えない小さなスペースがある。

「大丈夫なのかよ。こんな、人の家の庭に入り込んで…」

男が小声で囁く。ここが女の家であることには気がついていないのだった。

「いい、絶対に声を出しちゃ駄目よ」

「判ってる」

石の門柱に圧しつけるように男がのしかかってきた。ズボンを膝の下までおろすと、

女の内股を抱えるようにグイと上にあげる。その拍子によろめいて、生垣の木が

ザワザワと鳴った。


加奈子があわてて門柱にしがみつく。スカートが腹の上まで捲くれあがって、無毛の肉饅頭が

パックリと口を開けた。

「クッ、クッ、クゥゥ…ッ」

男のゴツい指が、クリトリスを捻じるように揉んだ。

角度をあわせて男根を挿入したが、不安定な姿勢でなかなか思うように動かない。

膝がガクガクと揺れて、立っているのがやっとである。

声を出して家の中の夫に気づかれたらそれで終りだ。そのスリルがまた、いっそう

淫らな性欲を掻き立てる。

「うぅぅむッ」

ご主人さまとイキ狂ってきた肉体のどこにこれだけの快感が残っていたのか、

歯を食いしばって、加奈子はイクイクッと心の中で叫んだ。同時に激烈な神経の爆発が

起こり、加奈子は崩れるように庭の敷石の上に尻餅をついた。

グスッと異様な音を立てて、嵌まっていた男根が抜ける。ほとんど反射的に、加奈子は

ベトベトになった肉の塊りを咥えた。

「ウグッ、グフッ…」

あっと思うまもなく、生臭い味と臭いが口の中いっぱいに広がる。

「に、逃げてッ、誰も来ないうちに…」

精液を嚥みこんでしまうと、加奈子は呻くように言った。

「また逢おうぜ。今度はいつが良い?」

「だ、駄目よ、人が来るッ」

まだ未練そうな男を突き放して、加奈子はスカートの裾についた土を叩いた。

家の門を入ってから、ここまで僅か五分足らずの出来事であった。




 

<つづく>  <もどる>